国道1号をまたぐ歩道橋からの眺め(午前10時50分ごろ)
出発時、まさかの大失態発覚
京都・滋賀の府県境にまたがる音羽山(593メートル)に登る。
筆者は滋賀在住なのでこの場合「京都・滋賀の」と書くより「滋賀・京都の」と書きたいが、「府県境(ふけんきょう)」とは言っても「県府境(けんふきょう)」とはあまり聞かれないのでさきの順で記した。
音羽山は大きい。坂も急だという。個人的な低山の目安「高低差300メートル」を超す行程を登らねばならなくて足がもつか不安だった。だが当日朝、そんな不安をも吹き飛ばす事態が発生した。
前日までには、登山の熟練者であるS氏の助言指導をもとに準備を済ませ、前の晩は遅くて4時間くらいの睡眠だったが8時に問題なく目覚めた。
ところが持ち物を確認すると、あろうことか財布が見当たらず、どこかに置き忘れたと認めざるをえない事態となっていた。
さまざま問い合わせた上、現金をとりあえず持ち、駅前の交番に届け出をして電車に乗ったが、もはや山登りの心境ではなかった。
ひとまず集合場所に向かい、京阪京津線の大谷駅にてS氏と合流。
けさのインシデントを告げ、今できることはない、見つかれば電話があるだろうと話す。
国道1号をまたぐ歩道橋を渡り、坂道が始まったところで着信音がし、タクシー会社から「財布発見」の報が届く。
問い合わせから1時間以上経過していたのでダメかもしれないと徐々に思いかけていたタイミングだっただけに、心が急に軽くなる。
「ありがとう!二度と財布は落としません」と心に誓った。
だが振り返れば数か月に1度このような失態をおかしている気がする。本当に進歩がなくて反省しきりだ。
次はこうした僥倖はないぞ、絶対に再発させてはならん、と自らに言い聞かせる。
冒頭の写真は、タクシー会社からの電話がかかる直前の、窮地の心境で撮った写真であるが、どこか重苦しさを感じさせる。
(地図1)大谷駅(中央上)と音羽山山頂(中央下)との位置関係
整備された東海自然歩道の階段
窮地を脱し身が軽く?
心もかろやかに登山ルートである「東海自然歩道」を行く。
空も秋晴れ、風もなく穏やかな低山日和。
出発地点の大谷駅の標高は約160メートル。そこから、朝の出来事を興奮気味に話しながら行くうちに、あっという間に360メートル地点くらいには来ていたと思う。事前に聞いていたほどの急坂には感じられず。
窮地を脱した解放感に、坂のきつさが全然気にならなかったのか。
そして標高360メートル地点くらいから、上の写真のような階段が始まる。さすが東海自然歩道というのか、幅が広く、両側に手すりもあり、余裕ですれ違いもできるよう整備されていた。
踊り場のような場所で数分間休み、そこからさらに傾斜が大きくなり細かなジグザグを描きながら登っていき、460メートルに達したところで階段が終わり、緩やかな尾根道となった。
そこでは向こう側から来た見知った面々とすれ違い、たいそう驚かせてしまった。
山頂からの眺め(スマホで撮影)
そうして到着した音羽山の山頂。
琵琶湖(左側)と、京都の市街地(左側)が同時に見渡せる。この眺めは中々素晴らしかった。
上の写真はスマホでの撮影だ。
この日はニコンのコンデジ「COOLPIX AW100」を持参した。
コンデジは、画面タッチではなくボタンを押す操作なので手袋をはめてもでき、ポケットから取り出して片手で操作できるので、歩きながら撮るには便利である。
ただ画質はいまひとつで、山頂で立ち止まって撮るにはスマホのほうが断然きれいな絵がとれるのだった。
時刻は12時15分。かかった時間はおよそ1時間20分。
体力に自信がなく休み休みで2時間はかかるんじゃないかと覚悟していたが、案外、休まずに行くことができた。S氏の「歩幅は小さくしたほうが疲れにくい」との助言も役立った。
健脚の人が投稿しているであろう「ヤマップ」などの記録と同じような時間で来れたのでうれしかった。
この日の最高気温が大津で17度、暑くも寒くもなく無風という気象条件にも恵まれ、あまり汗もかかずにすんだ。
何より、登り始めるタイミングで「財布発見」の報が届き、「窮地から脱し身も心も軽くなった効果」が寄与したのではないか。
山頂の札
にぎやかな山頂で、休憩、昼食、サイトシーイングなどを楽しむ。
穏やかな日差しが降り注ぎ、まるで祝福されているようだ。
午後1時を過ぎると、十数人はいた人たちはみな出発した。
われわれも下山の道を行くことに。どこから行くかと話し合ったが、午後は西側がひなたになることもあり、西斜面の山科側を下り「牛尾観音」を目指すことにする。
(地図2)音羽山(中央)と牛尾観音(下のほう)、「山科音羽川」(青い曲線)
瀬田方面が見える場所も(コンデジで撮影)
山頂からやや南に進むと、東側の石山瀬田方面が見晴らせた。
あちらに向かって山を下ると石山寺まで約7キロの行程となり、やや遠い。
静寂に包まれた牛尾観音(午後2時ごろ)
静かな牛尾観音でゆったり
ずんずん道を下っていくと、木材を焼く煙のにおいがし、たどり着いた牛尾観音。
山の中腹にある古刹である。
「金生水」をくむ
本堂の裏手に名水が湧き出しており、この日はカップを持ってこなかったので空になったペットボトルにくむ。
蛇口をひねると井戸ポンプが作動。透明感というと変だが無味のおいしい水だった。
コンデジは操作は手軽だが、明るくない場所ではシャッタースピードが遅くなるのが難点…。
湧き水取水場付近の石碑や観音たち
急な崖と紅葉
境内の北側は急斜面で、絶景だったが、崖面の崩壊も進んでいるようだった。
これ以上崩壊すると境内もあぶなくなるように思える。
趣のあるコケと午後の日差し
境内では数人の男性が掃除やたき火を行っていたが、その中で最も若そうな男性がご住職であった。
聞くと護摩木を制作しているのだという。
牛尾観音の先代住職をS氏は知っており、代替わりした現在の住職に、以前ここで大峰山行に誘われた話などをし、懐かしそうにしていた。
それにしてもこの日、京都市内は紅葉見物がおそらくピークで、インバウンドや国内観光客が殺到しているであろうに、ここ牛尾観音の境内は静寂そのもの。まるで1980年代の京都にタイムスリップしたようだ。
名水もあるし、眺めもよく、ええ場所だなあと、しばしひなたぼっこを楽しむ。
小滝と水車
音羽川や小滝が憩える川沿い道
帰り道、レールのコンクリ枕木を敷き詰めた舗装坂道を下ると、沿道に渓流が流れ、ところどころに小さな滝が見られた。
それらにはミニ水車、鹿威しなどが設置され、落下する水を視覚的・聴覚的に楽しませる工夫のようだった。
滝にはそれぞれに名前がつけられており、先の牛尾観音が古来、大事にしてきたのかもしれない。
藤原定家の歌とか、句碑も多くて、昔から知られた京都郊外の景勝地であった模様。
音羽の滝
渓流や滝などが見事な眺めであったが、S氏によれば、この上流にごみ処理場が建設され、それ以来川底が黒ずみ、魚もいなくなってしまったとのことで、たいそう残念そうな口調であった。私は初めて訪れたので往時を知らないのだが、思っていた以上に水が豊富な流れで、かつてはさぞいい水が流れていたのではないかと想像できた。それだけに残念にも思える。
ごみ処分場は迷惑施設なので、どこに建てても歓迎されないのだが、川の源流域に建設すると下流まで影響がありそうなので、山岳地帯に建設はどうなのかとは思う。わが居住域の野洲川水系もそうなのだが。
ふもとの集落からみた音羽山の山容
下山し乾杯、第二作戦行動
夕方が近づき、さらに麓まで下り、小山の集落に達した。
西日さす雄大な山容を写真に収める。
名神高速南側の側道っぽい道を歩き、追分駅をめざすが、そこは閑散とした駅前で、そのまま四宮駅まで西進し、コンビニでビールと肉まんを買いささやかに乾杯。本年の集大成として望んだ低山巡りをぶじ締めくくれたことを祝した。
ぎりぎり寒さがしのげて、夕闇迫る時刻の解散となった。
夕暮れ近く解散。そして私は山科駅でJRに乗り換え、京都駅で下車。この日「第2部」の作戦行動を開始。
市バス「23系統」に乗車し、洛西方面まで小一時間。タクシー会社の営業所に行き、財布を取り戻したのであった!
折り返しは、バス停で30分以上も待ち時間があったことから、折から到着した「29系統」四条烏丸行に乗り、四条御前通で下車、山陰線の丹波口駅まで徒歩で向かい、8時半ごろ、がら空きの五条通沿い1980年代風ラーメン屋で夕食。獣臭香るスープ、のび気味の麵。昔、ラーメン屋はこのような雰囲気・味だったと思い出す。それはだだっ広い五条通と市場のある丹波口の乾いた雰囲気にマッチしているように思われた。
そして山陰線で京都駅のホームに滑り込み、そのまま乗り換えた。朝からの大失態を回収し帰路についた。


