2026年04月12日

箕作山と小川

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西からみた「箕作山」

新緑の季節、八日市にある「箕作山(みつくりやま)」に登る。
西から見ると三角形の特徴的な形が見え、新緑の明るい緑に包まれている。


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ムラサキバナ

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カラフルな山、草が刈られた堰堤

西麓にある池の周りで地元の人が草刈り作業をされており、ため池の堰堤がきれいに刈られていた。
ため池のフェンスも銀色で真新しい。
新緑も含め、何もかもが新品でぴかぴかな風景。

この先に駐車場があり、「十三仏まいり」の石段を登る。
傾斜が大きく何度か止まり、岩戸山の奇岩で昼食。
小脇山(373メートル)を通過し、箕作山頂を経由。
眺めも良く、盆地の向こうに琵琶湖まで見える。

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奇岩

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八幡山や長命寺山、琵琶湖の対岸の比良山系など


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蒲生郡と神崎郡を分ける地峡と、間を通る新幹線や国道8号

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平原の町、八日市(東近江市中心部)

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愛知川の河辺林(中央のグリーンベルト地帯)

聖徳太子の創建と伝承がある瓦屋寺では、平安時代後期の導入とされる四天王像など拝観。
寺の名とはことなり本堂屋根は茅葺きであった。

石段を下りると山の東側におりた。そこから南側をぐるっと回って駐車場所まで戻るが1時間以上かかる。
八日市では祭礼の日で、鐘の音を鳴り響かせながらまちの中を巡行していた。

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瓦屋寺本堂

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山からの水

さて、ここまでは山登りであったが、平地におりてからは小川を観察した。

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魚がいるぞ

すると、山からの水を受けた小川では魚がいる。
メダカもいるようである。
水は少ないが、枯れることがないのだろう。


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小川が多い

ごみなども落ちているが、小川は案外きれいで、桜並木の遊歩道が整備されて歩きやすい。

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新緑の太郎坊山と太郎坊宮

箕作山の南側に飛び出た太郎坊山(350メートル)も新緑に包まれている。
斜面の中ほどに太郎坊宮が見える。

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クレソン群落

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メダカのいる水路

大きな水路では魚捕りの「わな」が仕掛けられていた。
魚が豊富な川のようだ。

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たもがあれば拾えるのだが

田園のなかを歩いて駐車場に到着。
ふだんの運動不足がたたり、足にかなりの負荷がかかったが、歩いてこそ景色や小川も観察できる。
春の日を満喫した。



posted by 進 敏朗 at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 低山めぐり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月11日

長谷山と安濃川河口

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長谷山(午前10時50分ごろ)

冬に入ったがまだ温かさが感じられる日。
三重県津市の長谷山(320メートル)に登る。
滋賀県は曇りだが、三重県は晴れ予報だった。それで三重県方面に行くと決めた。
なだらかな形をしていて山頂から海が眺められるという低山。
地図で見ると伊勢平野の中に突き出した独立峰のようも見える。

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長谷山の地図

山の南東側の「片田長谷町」から登っていくことにした。

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ふもとの集落

青空が広がっている。
冬季の滋賀県は、南部でも曇りの日が意外と多い。やや山陰の気候と似ている。
そんな日でも三重県は晴れていることがよくある。
中国山地をはさんだ冬の山陰(曇りや雨・雪)と山陽(晴れ)との対照を想起させる。

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集落の防火用水

ふもとの片田長谷町の集落は、岩田川水系と安濃川水系との境目にあった。
上の地図では、黄色く描かれた道路に沿って川が流れているように見えるが、「片田長谷町」付近を境に、それより左側では左上に、右側では右下に川が流れており、この集落が「水分かれ」のごく低い分水界の右下(南東側)に立地している。
そして分水界をはさんであっち(北西側)には、大きな老人福祉施設が立っていた。
平成の大合併までここが津市と美里村とを分かつ境界でもあったようだ。

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長谷山と川の流れ

黄色い道路が直線状に左上から右下にかけて伸びる山の南西側。ここの中間付近になぜ分水界があるのか。
安濃川水系がわざわざ長谷山を回り込むように、海とは逆方向に流れているのも。
もともと一筋の谷があったところを、後から片田長谷町の付近や、あるいは長谷山が隆起して分水界ができたということなのだろうか。不思議だなあ。

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海抜106メートル

さて、スタート地点の片田長谷町の集落はすでに海抜が100メートルあり、あと220メートル登るという行程であった。

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長谷寺

まずは集落から坂を登った「長谷寺」の境内で、賽銭を入れ拝む。
登山道はこの裏から始まっていた。

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谷のようになった登山道

道は谷のようになっていたが落ち葉がたまっていて、両肩の土手のような部分が足場が良くて歩きやすかった。
それも行程の半分ほどで舗装道路に合流し、そこから先は傾斜のゆるい車道を進んだ。

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崖面の土

道路の両側は切通しとなっていて、崖面は土か、砂が固まったような材質だった。
杖で突くとぼろぼろと崩れた。
これは海底の砂泥が固まったものが隆起したのだろうか。

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展望所に到着

大体30分くらいで山頂部に到着。
先月、多度山や音羽山など、いずれも高低差400メートルを超す、私にとってはハードな山行を繰り返したあとだったので、今回は「やや楽」に感じられた。大げさだが鍛錬のたまものか。
紅葉はピークを過ぎていた。赤い色づきはもう一つだが、これは盛りが過ぎたせいなのか。
モミジの木によって、赤みが強い木と、それほどでもない木があるのはなぜか。

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海の眺め

駐車場のある展望所からは、東方向の眺望が開け、伊勢平野や津の市街地、伊勢湾が望めた。
なるべく海に近い山を選んで登ったのだったが、伊勢平野は海岸から幅が広くて、海はそこまで近くには感じられない。
もやがかかって遠望もいま一つで、対岸の知多半島までは望めず。

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海とは反対の側

海とは反対側の眺めも、山頂から少し下りた場所から望めた。

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残っていた紅葉

山頂付近の紅葉はすでに終わりつつあったが、山を下りていく途中で真っ赤な紅葉がみられた。
帰りは車道をそのまま進んでいったところ、距離が長くなって登りよりもかえって時間がかかった。

ふもとに近づいたところで、軽装の女性や男性が歩いていたが、それは福祉施設の職員が昼休みを利用してウオーキングをしているようだった。
「頂上に登られましたか」と尋ねられ、そうですと答えると、「まだ登ったことがありません」と女性が答えるので、そんなに遠くないのになあと思ったが、それは昼休み時間に登って帰ってくるほど近くはないということのようだった。

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長谷山(左側の「▲320」)と海岸の位置関係

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安濃川河口(午後2時半ごろ)

さて午後からは海岸に接近する。
長谷山から真東の方角で、安濃川と志登茂川にはさまれた津市の島崎という州浜の町。
安濃川の河口には鴨やシギ、カモメといった冬の水鳥が集まっていた。
広い河口は、干満の差が大きい太平洋側の、さらに潮位変動が激しい内湾部ならではの風景。
冬なのに晴れた空といい、日本海側出身者にとってかなり「不思議な光景」に映る。
潮は引きかけていた。

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鴨やシギ(中央の足が長い鳥)

干潟の泥をみると、先ほど長谷山の崖面でみた土か砂のような材質と似ている気もする。
やはり長谷山はもともとこのような干潟が隆起した山なのだろうか。

河原には、薄黄色い実をびっしりとつけた大きな木が数本、生えていたが、調べてみるとそれがセンダンの木であることを知った。
海岸部を好むようである。
当ブログにアップしたかったのだが、画像をカメラからパソコンに移す際の不手際により大部分のデータが失われてしまい、残念無念である。
山の画像は別のカメラ(コンデジ)で撮ったので無事であった。
初夏には薄紫色の小さな花が木いっぱいに咲くという。木は数本が群生していたので見ごたえがありそうだ。訪れてみたい。

posted by 進 敏朗 at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 低山めぐり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年11月23日

音羽山

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国道1号をまたぐ歩道橋からの眺め(午前10時50分ごろ)

出発時、まさかの大失態発覚

京都・滋賀の府県境にまたがる音羽山(593メートル)に登る。

「水辺」とブログの表題をうたいながら、さいきん、低山の記事ばかりであるが、秋も深まるとどうも水辺から足が遠のいてしまう。また水辺観察や水辺行もまた検討したいが、山にも水辺があっていろいろ観察ができる。

音羽山は大きい。坂も急だという。個人的な低山の目安「高低差300メートル」を超す行程を登らねばならなくて足がもつか不安だった。だが当日朝、そんな不安をも吹き飛ばす事態が発生した。

前日までには、登山の熟練者であるS氏の助言指導をもとに準備を済ませ、前の晩は遅くて4時間くらいの睡眠だったが8時に問題なく目覚めた。
ところが持ち物を確認すると、あろうことか財布が見当たらず、どこかに置き忘れたと認めざるをえない事態となっていた。
方々に問い合わせた上、現金をとりあえず持ち、駅前の交番に届け出をして電車に乗ったが、もはや山登りの心境ではなかった。

ひとまず集合場所に向かい、京阪京津線の大谷駅にてS氏と合流。
けさのインシデントを告げ、今できることはない、見つかれば電話があるだろうと話す。
国道1号をまたぐ歩道橋を渡り、坂道が始まったところで着信音がし、タクシー会社から「財布発見」の報が届く。
問い合わせから1時間以上経過していたのでダメかもしれないと徐々に思いかけていたタイミングだっただけに心が軽くなる。
「ありがとう!二度と財布は落としません」と心に誓った。

だが振り返れば数か月に1度このような失態をおかしている気がする。本当に進歩がなくて反省しきりだ。
次はこうした僥倖はないぞ、絶対に再発させてはならん、と自らに言い聞かせる。
冒頭の写真は、タクシー会社からの電話がかかる直前の、窮地の状態で撮った写真であるが、どこか重苦しい心境が反映されているようだ。

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(地図1)大谷駅(中央上)と音羽山山頂(中央下)との位置関係

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整備された東海自然歩道の階段

窮地を脱し身が軽く?

心もかろやかに登山ルートである「東海自然歩道」を行く。
空は秋晴れ、風もなく穏やかな低山日和。
出発地点の大谷駅の標高は約160メートル。そこから、朝の出来事を興奮気味に話しながら行くうちに、あっという間に360メートル地点くらいには来ていたと思う。事前に聞いていたほどの急坂には感じられず。
窮地を脱した解放感に、坂のきつさが全然気にならなかったのか。

そして標高360メートル地点くらいから、上の写真のような階段が始まる。さすが東海自然歩道というのか、幅が広く、両側に手すりもあり、余裕ですれ違いもできるよう整備されていた。

踊り場のような場所で数分間休み、そこからさらに傾斜が大きくなり細かなジグザグを描きながら登っていき、460メートルに達したところで階段が終わり、緩やかな尾根道となった。
そこでは向こう側から来た見知った面々とすれ違い、「なぜこの人がこの山中に」とたいそう驚かせてしまった。

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山頂からの眺め(午後12時15分ごろ、スマホで撮影)

そうして到着した音羽山の山頂。
琵琶湖(左側)と、京都の市街地(左側)が同時に見渡せる。この眺めは中々素晴らしかった。
上の写真はスマホでの撮影だ。

この日はニコンのコンデジ「COOLPIX AW100」を持参した。
コンデジは、画面タッチではなくボタンを押す操作なので手袋をはめてもでき、ポケットから取り出して片手で操作できるので、歩きながら撮るには便利である。
ただ画質はいまひとつで、山頂で立ち止まって撮るにはスマホのほうが断然きれいな絵がとれるのだった。

時刻は12時15分。かかった時間はおよそ1時間20分。
体力に自信がなく休み休みで2時間はかかるんじゃないかと覚悟していたが、案外、休まずに行くことができた。S氏の「歩幅は小さくしたほうが疲れにくい」との助言も役立った。

健脚の人が投稿しているであろう「ヤマップ」などの記録と同じような時間で来れたのでうれしかった。
この日の最高気温が大津で17度、暑くも寒くもなく無風という気象条件にも恵まれ、あまり汗もかかずにすんだ。
何より、登り始めるタイミングで「財布発見」の報が届き、「窮地から脱し身も心も軽くなった効果」が寄与したのではないか。

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山頂の札

年配者のグループや少年少女のグループなどでぎやかな山頂で、休憩、昼食、サイトシーイングなどを楽しむ。
穏やかな日差しが降り注ぎ、まるで祝福されているようだ。
午後1時を過ぎると、十数人はいた人たちはみな出発した。
われわれも下山の道を行くことに。どこから行くかと話し合ったが、午後は西側がひなたになることもあり、西斜面の山科側を下り「牛尾観音」を目指すことにする。

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(地図2)音羽山(中央)と牛尾観音(下のほう)、「山科音羽川」(青い曲線)

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瀬田方面が見える場所も(コンデジで撮影)

山頂からやや南に進むと、東側の石山瀬田方面が見晴らせた。
あちらに向かって山を下ると石山寺まで約7キロの行程となり、やや遠い。

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静寂に包まれた牛尾観音(午後2時ごろ)

静かな牛尾観音でゆったり

ずんずん道を下っていくと、木材を焼く煙のにおいがし、たどり着いた牛尾観音。
山の中腹にある古刹である。

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「金生水」をくむ

本堂の裏手に名水が湧き出しており、この日はカップを持ってこなかったので空になったペットボトルにくむ。
蛇口をひねると井戸ポンプが作動。透明感というと変だが無味のおいしい水だった。
コンデジは操作は手軽だが、明るくない場所ではシャッタースピードが遅くなるのが難点…。

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湧き水取水場付近の石碑や観音たち

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急な崖と紅葉

境内の北側は急斜面で、絶景だったが、崖面の崩壊も進んでいるようだった。
これ以上崩壊すると境内もあぶなくなるように思える。

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趣のあるコケと午後の日差し

境内では数人の男性が掃除やたき火を行っていたが、その中で最も若そうな男性がご住職であった。
聞くと護摩木を制作しているのだという。
牛尾観音の先代住職をS氏は知っており、懐かしそうにしていた。

それにしてもこの日、京都市内は紅葉見物がおそらくピークで、インバウンドや国内観光客が殺到しているであろうに、ここ牛尾観音の境内は静寂そのもの。まるで1980年代の京都にタイムスリップしたようだ。
名水もあるし、眺めもよく、ええ場所だなあと、しばしひなたぼっこを楽しむ。

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小滝と水車

音羽川や小滝が憩える川沿い道

帰り道、レールのコンクリ枕木を敷き詰めた舗装坂道を下ると、沿道に渓流が流れ、ところどころに小さな滝が見られた。
それらにはミニ水車、鹿威しなどが設置され、落下する水を視覚的・聴覚的に楽しませる工夫のようだった。
滝にはそれぞれに名前がつけられており、先の牛尾観音が古来、大事にしてきたのかもしれない。
藤原定家の歌とか、句碑も多くて、昔から知られた京都郊外の景勝地であった模様。

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音羽の滝

渓流や滝などが見事な眺めであったが、S氏によれば、この上流にごみ処理場が建設され、それ以来川底が黒ずみ、魚もいなくなってしまったとのことで、たいそう残念そうな口調であった。私は初めて訪れたので往時を知らないのだが、思っていた以上に水が豊富な流れで、かつてはさぞいい水が流れていたのではないかと想像できた。それだけに残念にも思える。

ごみ処分場は迷惑施設なので、どこに建てても歓迎されないのだが、川の源流域に建設すると下流まで影響がありそうなので、山岳地帯に建設はどうなのかとは思う。わが居住域の野洲川水系もそうなのだが。

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ふもとの集落からみた音羽山の山容

下山し乾杯、第二作戦行動

夕方が近づき、さらに麓まで下り、小山の集落に達した。
西日さす雄大な山容を写真に収める。
名神高速南側の側道っぽい道を歩き、追分駅をめざすが、そこは閑散とした駅前で、そのまま四宮駅まで西進し、コンビニでビールと肉まんを買いささやかに乾杯。本年の集大成として望んだ低山巡りをぶじ締めくくれたことを祝した。
ぎりぎり寒さがしのげて、夕闇迫る時刻の解散となった。

夕暮れ近くに解散した。
そこから、私は山科駅でJRに乗り換え、京都駅で下車。この日「第2部」の作戦行動を開始。
市バス「23系統」に乗車し、洛西方面まで小一時間。タクシー会社の営業所に行き、財布を取り戻したのであった!
折り返しは、バス停で30分以上も待ち時間があったことから、折から到着した「29系統」四条烏丸行に乗り、四条御前通で下車、山陰線の丹波口駅まで徒歩で向かい、8時半ごろ、がら空きの五条通沿い1980年代風ラーメン屋で夕食。獣臭香るスープ、のび気味の麵。昔、ラーメン屋はこのような雰囲気・味だったと思い出す。それはだだっ広い五条通と市場のある丹波口の乾いた雰囲気にマッチしているように思われた。
そして山陰線で京都駅のホームに滑り込み、そのまま乗り換えた。朝からの大失態を回収し帰路についた。

posted by 進 敏朗 at 10:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 低山めぐり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年11月12日

多度山

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北勢鉄道の電車に乗る(午前7時50分ごろ、大泉駅)

眺めのいい低山、多度山へ

三重県と岐阜県にまたがる多度山(403メートル)に登ることを計画した。
北勢鉄道の大泉駅を目指し、鈴鹿山脈を貫くトンネルを抜け、平地へ下った。
大泉駅の前には100台以上が停められる無料駐車場がある。
ここから終点の西桑名で降る。多数の高校生が通学に利用していた。
隣接する桑名駅で、養老鉄道の電車に乗る。乗り継ぎの時間は約15分。

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大垣行の養老鉄道電車(午前8時40分ごろ、桑名駅)

桑名から4駅、「多度」で下車。

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馬をかたどった駅名看板

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駅前商店街の向こうに多度山が見える

とまあ、朝の乗り鉄を楽しんだ。
駅前通りを北上すること数分、鳥居が現れ登山道の入り口の看板が掲げられていた。

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登山道の入り口

サアここから、山を登っていくが、その道中は切り返しの続く舗装道路であった。
多度山は高さ400メートル余りの低山だが、出発点の多度駅が海抜約10メートルくらいなので、ほぼ標高と同じ高低差を登り切らなくてはいけない。

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ハイキングコース案内図

上の写真で、水色の線でジグザクを描いているのが、「眺望満喫コース」。
このコースを選んで登った。
行程は約4キロ。
舗装道路だったが、中腹あたりには、同コースのつづら折りをショートカットできる山道があり、そこは山肌を踏みしめて行った。

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山頂が目前

素晴らしかった眺望

つづら折りで距離は長いが、整備された道路なので歩きやすい!
途中の休憩所付近では、思ったより木立がしげっていたが眺望が得られた。

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ひろがる眺望

夏までの極度の運動不足による体力低下から、軽度な運動を再開し少し足腰が回復したが、それでも坂道はしんどかった。
息を切らしながら1時間20分ぐらいで山頂に到達。

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山頂の神社

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見晴らしの良い山頂

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木曽・長良・揖斐の三川と濃尾平野、名古屋市街(左奥)

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三川の河口方面、伊勢湾を望む

多度山は養老山地の南端で、東から東南にかけての見晴らしがよかった。
大きな川が海に注ぎ込む様子は壮観だった。
ただこの日は次第に雲が空を覆い、山頂に着いた午前10時半ごろには曇りとなった。
やや霞がかかって遠くのほうははっきりと見えず。
風は弱かったが気温が上がらずひんやりと肌寒い。

眺望を楽しんだあと、早々に下り道についた。
下りは、南へとおりる「健脚コース」を選んだが、急坂で、行路のほとんどが階段。
私の脚力では登るのは困難と思われるほどの急坂だ。

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茶の木が点在する登山道沿い

多度山は固い岩盤でできており、健脚コースは砕石が転がっている。

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ツキヨタケか

ふもと近くになり、伐採された木にツキヨタケらしきものが群生。
最下段付近では、茶の木の林が見られた。

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多度大社の奥のあたり

多度大社を参拝

健脚コース出口から東に折れてゆるやかな坂を下っていくこと約10分で、多度大社の境内に出た。
建物群が込み合っている。

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馬がいる

その左手のほうに、木造の建物があって白馬が顔をのぞかせていた。

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神馬

多度大社は「上げ馬」の神事がたいへん有名なのだそうだ。
生きた馬も拝む対象となっていた。
来年は午(うま)年だから相当な参拝者を呼びそうだ。

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上げ馬神事のスロープ。奥には多度山の山頂

上げ馬神事は中世には行われていたというからかなり歴史ある神事だ。
そこは思ったよりも急坂だった。進んでいくほど傾斜が増すつくりで、以前はゴール地点にさらに土壁が設けられていたが、負傷した馬を殺処分したことが動物虐待との批判を受け、昨年から土壁が撤去されたという。伝統の行事と現代の価値観とをどう調和させるかが問われているのだろう。
多度大社は、山が信仰の対象になっていることがありありと感じられる、まさに山と一体化した神社だった。

11時45分に、多度駅行のコミュニティバスが到着。これに乗っていったん戻る。運賃は100円。
歩けば約20分の行程だが、これは足休め役に立った。

つぎは低地をいく

さて正午から、再び歩き始めてこんどは低地を目指した。
多度駅から東側は、海抜ゼロメートル地帯の低地で、標高10メートルの多度駅といえど低地からみればじゅうぶんな高台なのだった。

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多度川(奥が下流側)

駅から北上するとすぐに多度川の橋があり、そこから東(下流方向)へ折れる。

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断流

するとほどなくして、養老鉄道の鉄橋の手前で川の流れは河原に吸い込まれ、断流してしまっていた。
山と低地との間にある扇状地の川の様相を呈している。
モクズガニの殻らしきものが転がる。

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鉄橋を渡る養老鉄道の電車

鉄橋の下をくぐったところで電車が通過し、振り返っての1枚。
堤防沿いの道路を歩くと小学校があり、グラウンドで児童が遊んでいる。

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輪中の中。「ツインアーチ138」が頭を出す(中央)

数百メートル進むと土手に突き当たり、多度川が水なし河原のまま90度南に曲がっていった。
どこから水が復活するのかを見てみたかったが、今回の目的地はそちらではなかった。

突き当たった土手は、中学の地理の授業で習った「輪中」のようだ。
土手の向こうには低い土地が広がり一面の田んぼになっている。その向こうには、へりを縁取るように木立や住宅が見え、真正面に木曽三川公園の高さ138メートルあるタワー「ツインアーチ138」が頭をのぞかせている。

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土手の西側は高台

土手を下って振り返ると、上の写真のように小学校の校舎が見え、高台となっていることがわかる。
多度駅前の市街地や多度大社は山のふもとの高台にあり、一方の田んぼはゼロメートル地帯の低地。
ここら辺の土地は低地、高台、山と三つのエリアから成っており、低地は農地が、高台には街が形成されていた。

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輪中の堤防路

輪中の堤防は、その高台よりは数メートル低いが、裏の田んぼよりは3メートルくらい高い。その道沿いに集落が続いている。
多度山から吹き付ける風を防ぐためか、住宅は背の高い生垣で護られている。

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再生二期作か。稲穂が出た田んぼ

田んぼの中には、晩秋のこの時期にしては穂が垂れている区画もあり、いちど刈った稲を再び実らせる「再生二期作」の二期目の実りかもしれない。

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木立の向こうに池が

輪中の中にあった「琵琶池」

さて輪中を北に向かって歩くこと約40分。輪中の中に「琵琶池」が見えてきた。
これが低地めぐりの目的地。
滋賀県在住者には名前が気になる池だ。

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琵琶池

琵琶湖との関係はよくわからない。地図で見るとその形が、琵琶湖に似ていなくもない。
滋賀県に形が似ているといわれるオーストリアにも似ているかも。
長さは500メートルくらいありそうで、そこそこ大きい。

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地図でみる琵琶池

ここが多度登山につづく低地行の目的地であった。

その雰囲気は、南湖の守山あたりの内湖を思わせた。
かつての川の流路の名残かもしれない。
水鳥はおらず静かだ。

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琵琶池から多度山を望む

「琵琶池」ごしに「多度山」を眺めた絵を撮ろうと、池の東側に回り込む。
その眺めを撮ることで、今回の周行が1枚の絵として表現できるのではないか。
しかし、鉄塔や送電線が目立ってあまりいい絵にならない。

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琵琶池と多度山の位置関係

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ヨシを手前に入れて撮影

あるいはヨシを入れてみたら、とかいろいろやってみたがしっくりこない。
晴天だったら、もうちょっと印象的な雰囲気になった可能性はある。
などとやっている間に、電車の発車時刻まで30分しかないことに気付いた。
電車は40分に1本の間隔で運行され、そんな便がないわけではないがまだ昼食をとっていないのだった。
多度駅前で食べたかったが適当な店が見つからず桑名に戻ることにした。そのためには電車に間に合わなくてはいけない。
ここから多度駅まで約2キロを急ぎ足で戻る。

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多度駅近くの印象的なY字交差点

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多度駅に滑り込みセーフ!

桑名行きの13時22分発電車にぎりぎり間に合った。
行きに乗った柿色電車ではなくて黄緑色の車両だったが、ホームの柱が同じカラーで彩色されていたので、これが養老鉄道の本来のカラーなのか。

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閉鎖された桑名駅前の昭和ムードなビル

以前桑名を訪れたときに昼食をとった昭和ムードのビルは閉鎖されていた。
あそこの中華そばは良かった。
代わりに新駅舎の食堂で名物ハマグリなどを食べ、14時半の北勢鉄道で帰路についた。

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西桑名駅の北勢鉄道電車で帰路に

大泉駅には農産物店があり、名産こんにゃくを買う。
山からの眺望と高台、低地、池と、さまざまな地形がみられる多度山周辺は興味深い場所であった。
朝の晴天が続かなかったことが惜しまれたが、また天気の良いときに訪れてみたい。

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2025年10月19日

逢坂山 眺望とキノコ


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逢坂山山頂の眺め

大津と山科の間にある山、逢坂山(おうさかやま)に登った。
山岳にくわしい友人S氏の助力付きである。
標高は324メートル。
長期間の運動不足からのリハビリを目指した低山歩きだったが、山頂部北方向に木が伐採され、冒頭の写真のように眺望が得られた。
大津の市街や草津の市街をはじめ、南湖や琵琶湖大橋、近江大橋、さらには沖島、その向こうの伊吹山、鈴鹿山脈までが一望だ。
空の色が明るくなるとともに、木々の間から小鳥のさえずりが始まり、多数が飛び回る姿がみられた。
思いもかけぬ眺望のよさにしばし足を止めて見とれていた。

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山頂の手前からは山科も一望

前の晩、雨が降ったせいかキノコもいろいろ見られた。
地面から出てきたもの。朽ち木に生えたもの。色や形もさまざま。
ただ、残念なことに種類がわからない。
以下は道中見かけたキノコである。

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そして大津側に下山すると、そこには巨大なキノコを思わせる石塔があった。

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巨大キノコ石塔?

大津市によれば、これは関寺の牛塔(うしとう)という、鎌倉時代のものとされる重要文化財だそうである。
高さが3メートルもあるふくよかで堂々とした形。こんな石塔があるなんて知らなかった。








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