2021年12月16日

琵琶湖博物館の昼前


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琵琶湖博物館

天気の穏やかな午前中、時間ができたので、車を運転して琵琶湖博物館に行った。
新型コロナ対策で予約制となっており、スマホで予約。

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琵琶湖と水鳥、比叡山

久しぶりの来館で、期限が切れて久しい年間パスポート(1600円)を購入。期限なしの招待券(1枚)のおまけもついているから得だ。
といっても、全館まわるつもりではなく、ぶらぶらとするために訪れた。何回来ても定額なのだ。これが、博物館のわりと近くに住んでいる者の利点ではないか。

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駐車場ゲートの看板

ゲートの看板は創建時の物と推定。
96年の開館から25年の時がたったことを知らせてくれる。
開館時を知っているので、琵琶博は新しい施設というイメージが抜けない。時はこのように経過した。私もこれくらい古くなってしまったのだろうか。

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駐車場と博物館を結ぶ路

石畳の道をあらためて見ると、平らに割った自然石を不規則に並べて、相当手が込んでいる。
まあ1990年代はお金に恵まれた時代だったんだなあとしみじみ思う。
いいものを造った結果、今でも全然古びていないのは良いことだ。

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プランクトンのコーナーの一角にある紹介写真

全館まわるつもりはなく、プランクトンの観察ができるコーナーに行く。
ここでは、朝に捕れたプランクトンを観察することができる。
館内でも屈指の、「ナマの琵琶湖」を直接観察できるコーナー。
見られるプランクトンは来るたびに違う。
この日は、夏に見られることが多い「ノロ」という1センチもある大きなプランクトンが多く捕れていた。
これも温暖化の影響なのか?
数年前、大繁殖していた外来植物プランクトン「ミクラステリアス」(上の写真で上列左から2枚目)は見られず、丸いボルボックスが多かった。
ミクラステリアスが繁殖したときは、アユの幼魚ヒウオの餌としてはサイズが大きすぎるので、餌不足になりやしないかと心配されたものだったが、どこかに消えてしまった。プランクトンの遷移がどのようなメカニズムで起きているのか、わからないものだ。ミクラステリアスならぬミステリアスな話だ。

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カイツブリ

カイツブリを見てくつろぐもよし。

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オオサンショウウオ(手前)

岩とみまがうオオサンショウウオ。
以前、この個体が日本最大といわれていたが、そこにいた館の飼育担当と思われる方に話をきくと、その後の調べで純粋な日本産ではないとわかり、日本最大の看板を下ろしたという。京都の鴨川の上流で捕獲され、20年近く前に館に来たというから相当、長命だが、かつてあのへんにオオサンショウウオの養殖施設があり、そこから逃げ出したやつが交雑したらしいという。
それで、年に1回、体重を計っていて、この個体が、ものすごい抵抗しながら体重計に乗せられていた様子をNHKのニュースで見たこともあったが、純血種でないとわかるや天然記念物の看板もおろされ、体重計測もされなくなったという。

このオオサンショウウオも、でかいと思っていたら大陸の血が流れていたのか。だが、交雑できるくらいだから、種としては相当近いのではないか。異なる種の間でも繁殖はできるものなのか、はたまた一代限りなのだろうか。オオサンショウウオ的には、国内外の違いは、案外垣根は低いのかもしれない。よくわからない。同じ個体を見て、「日本一か、すごいな」と思っていたものが、大陸の血が流れているとわかるや扱いも変わるとは、不思議な気がした。

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湖の風景(正午ごろ)

何せ、いろんな外来生物のはびこる琵琶湖。
これも人間の活動によってもたらされた。それを純血種だけの昔に戻すのは難しい。
琵琶博も開館25年で、だんだん周囲の風景と混じりあっていい感じに定着した。
混じりあったのちに、調和の状態になるのが大切なんじゃないかと思う。


























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2021年03月24日

枯葉蛾

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家の網戸に、枯葉が引っ掛かっていると思ってよく見ると、蛾のようだった。
近づいてもじっとして動かず、枯葉になりきっているようだった。
色や形、質感、よく似せてあるなと感心した。

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真上から見ると蛾のようだ

ネットで「蛾 枯葉のよう」などとキーワードを入れ調べると、その名もカレハガという蛾のようだった。
カレハガの仲間は何種類もいて、それぞれがいろんなタイプの枯れ葉に擬態しているから驚きだ。
昆虫の世界は奥が深いと、あらためて思った。



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2020年03月16日

N美術館

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もう4年以上も前に新進画家が描いた100号の油彩画を自宅内に設置。
冬枯れのメダカ池を描いたもの。
階段横の壁に架けた。
もう一つの絵は近所の水路。

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いっぽう、夏のメダカ池を描いた油彩画は別の場所に設置されている。
これも、もう5年も前の作品。
2015年の夏、滋賀県で総文祭が開かれたとき、県立近代美術館に飾られていた。

新進画家はこの春、東京に舞台を拠点を移すこととなり送り出す会を開いた。
ジャンルは油彩画から転じてキャラクターのイラスト等となるが、元気で健闘してほしいものだ。

こうやって、造成したメダカ池が絵画になるなんて、うれしい限り。


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2020年01月23日

三重県総合博物館探訪

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渡り廊下を通って博物館へ

1月も下旬だというのに、雪がまったく降らず雨の日が続く。
未曽有の暖冬。このまま立春を迎えてしまうのだろうか。一体この先、どんな春、夏が待っているのか。

雨のなか三重県総合博物館に行くことを計画。

そこには三重県の地質とかの展示もある。
滋賀県と三重県とは隣接してるが、山で隔てられていることもあって、近くて遠い場所だ。
しかし地質などは、滋賀県の湖東側と、三重県の北半分はなだらかにつながっている。それを見たい。

滋賀県南部の自宅からは、距離にして70`とそんなに遠くはない。
三重県の南勢地方に住んでいる人よりもむしろ近いかもしれない。

高速道路を使わずとも、最近の広くなった国道1号や三重の県道を走れば、1時間半くらいで着くかと思ったが、鈴鹿峠をおりた関から先、伊勢自動車道が通行止めとなって高速道から降りてきた車列に巻き込まれ、数キロ先の次インター入り口まで牛歩を余儀なくされることに。

渋滞を抜け、田園を直進する4車線道路をバーミヤンの先で右折すると、低い丘陵に道路に面して、まるで見せつけるように真新しい県立図書館があり、道をはさんでこれまた新しい建物の博物館が現れた。

ちょうど滋賀県の瀬田の文化ゾーンのような場所だった。

立体駐車場から、道路をまたぐ渡り廊下を伝って、博物館に入った。

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おしゃれな館内

開放的なガラス張り、吹き抜けにはモビールが吊るされ、机やいすも一組ずつデザインを違えるなど、おしゃれさが目立つ。
三重県総合博物館は2014年の4月竣工。
見つけた資料によると延べ床面積10800メートル。
地中熱利用で冷暖房の消費電力を大幅に減らすヒートポンプシステムを備えた新鋭建築だ。
まさに居心地のよい快適空間といえるだろう。

これで観覧料(基本展示)は520円。
企画展が見たい場合でも、合わせて800か900円そこそこ。
これで半日すごせるとは、ずいぶんお得な施設だ。

真新しい快適な館に、この冬場の平日、常設展示(同館では基本展示の呼称)を見に来る人も少なく、ほぼ館内を独占した状態に。

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ミエゾウ骨格模型

エントランスの目立つ場所に立つのはミエゾウの骨格模型。
350万年前の伊賀地方の古琵琶湖層から、足跡や骨の一部が見つかり、体高が4メートル近くもある大きなゾウだったという。
琵琶湖の起源となる伊賀湖は三重県にあったのだった。
滋賀の多賀町で全身骨格が見つかったアケボノゾウのレプリカもあった。
アケボノゾウは体高が2メートルしかない。
子供だからではなくて、ミエゾウが時間をかけ小型化して日本列島仕様になったものがアケボノゾウだという。
同じようなゾウの化石に見えて、両者には約200万年の時間の開きがあるというから、同時には生息していなかったのだった。

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地質の展示

基本展示では、地質の展示に力が入っていた。
「寄せ木細工の三重の大地」という展示がある。
地質の違いによって、カラフルに色分けがされた紀伊半島。
その紀伊半島の真ん中で、左から右にすっぱりと、色が変わる線が走っている。
それが中央構造線。

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中央構造線の説明展示

中央構造線の露頭が三重県内で見られる場所が地図で示されていた。
かつてこの線を境に、南側の陸地が北側に対してどんどん横ずれしてきて、ほんらいなら隣り合うことのない茶色と黒のふたつの地層が隣り合うことに。
筆者も松阪市の月出の露頭を見に行ったことがあった(2016年10月20日記事「中央構造線の露頭」参照)。
まさに日本列島が寄せ木細工のようにして形成されたことを示す大きな証拠。
三重県内では数か所で露頭が見られるとあって、力を入れて特集していた。

地質についての説明は詳しく、地層を立体的に図示し、少ない字数でまとめられていたが、専門用語が割と見られ、その用語についての説明がなかったり、どこかにはあったかもしれないがすぐ横にはなかったりして、説明文と図解とを何度か見比べて、ようやく「この説明はこういうことを指しているのではないか」というぼんやりした思いに至るのだった。

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画面に「メランジュ」の文字がフラッシュ

県内で見られる岩石も、いろいろと紹介。
メランジュとは、基盤の岩のなかに、石灰岩とか、チャートとかちがう岩石がまざって見られる泥岩や砂岩のことだった。岩石の映像に「メランジュ」という文字がフラッシュのように現れて、目に焼き付いた。
まじめにわかりやすく、解説している動画から漂う雰囲気。
余韻のようなもの。こんな時間は博物館の中にしか流れていない。

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ジュラ紀の付加体写真パネル

こちらは「ジュラ紀の付加体」という。
付加体、この言葉を、なんども見かけた。

いずれも、海底で、海洋のプレートが沈み込んだ際に、いろんな起源の違う岩石がまぜこぜになって、つくられた地層が県内で見られるのだそうだ。

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鈴鹿山脈をはさんだ地層

上の写真では、鈴鹿山脈をはさんで、左は滋賀県、右は三重県。
地質の色や模様をみると、地続きの土地だったんじゃないかと思わせる。
鈴鹿山脈というもが真ん中に立っているから、滋賀、三重と隔てられている格好となっているが、山脈が盛り上がる以前には一様に平たい土地が広がっていたと推定されているそうだ。

こないだ琵琶湖博物館でみた、新種のタニガワナマズは、三重県北部の川の中流で見つかり、琵琶湖にすむイワトコナマズに似ている魚だった。もともとは同一種の魚だったものが、鈴鹿山脈、琵琶湖の発生という地形の変化が、種の分化を引き起こしたようだ(2018年9月23日記事「タニガワナマズ」参照)。

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松名瀬干潟の説明

生態についての展示や、歴史文化の展示もあった。

琵琶湖博物館なら、A・B・C展示室に分かれているものがひとつの展示室で紹介されている。
展示室の規模は半分以下だろうか。
県自体は三重県のほうが、滋賀県よりもだいぶ大きいが、滋賀県にとっての琵琶湖にかける熱意、あるいは琵琶湖の存在感が、他県では例がないほど大きかったのではないだろうかと思わされる。

生態展示で取り上げられていたのが大台ケ原や、伊勢湾の松名瀬干潟だった。
大台ケ原は日本一の多雨地帯だそうだが、根が「下流」志向の筆者は、もっぱら干潟の展示のほうをみた。
松名瀬干潟には、河口干潟、潟湖、砂浜、前浜干潟、アマモ場といった干潟の要素がそろっていて、まさにザ・干潟というべき、伊勢湾を代表する干潟なのだという。潮干狩りで何度か足を運ぶけどたしかに広くて気持ちのいい場所だ。

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満潮時の干潟をいくボラのはく製

干潟、そして海というものは、内陸県の滋賀にはないから、こうした展示は、三重県総合博物館の倍の広さはあるだろう琵琶湖博物館でも、見ることはできないのだった。100万年前の滋賀の外海だと思って鑑賞。

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海産貝類の標本

海産の貝類標本もあって、うらやましい限り。
三重の海ではいろんな形をした貝がとれるんだなあ。


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企画展カタログ

そして企画展カタログのデザインは、琵琶湖博物館では見たことのない優美さだった。
貝類の生態や、植物の形態に注目した内容で、2冊を購入。
三重県総合博物館、そこは三重県の地質や自然文化が学べる快適空間だった。
暖冬が続けば、鈴鹿峠も凍結することはないから、冬場でも訪れやすいだろう。


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2020年01月09日

田上隕鉄

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日本各地の隕石の展示

ここは東京・上野の国立科学博物館。
前日、巣立ちの時を迎えた者に同伴しての住まい探しミッションが完了し、この日は完全なお上りさんとなって訪れた。

開催中の企画展「ミイラ展」は、世界各地からミイラが集合し、観賞は個人的には、生理的にうけつけない部分もあったものの、常設展示は密度がすごくて圧倒された。
生物・鉱物といろいろあったが、一角に日本各地に落ちてきた隕石の展示があった。

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田上隕鉄

その中の下段右端に、大津の田上山地で見つかった田上隕鉄の実物が何気に置かれていた。


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田上隕鉄の説明

明治時代に見つかった田上隕鉄は、重さが174キロもあって国内で見つかったものでは最も重いんだという。
いつ落ちてきたのかは定かではないが、明治時代の田上山といえば、トパーズとか水晶とか、宝石探しが盛んだったと思われる。
その中に出てきたこの隕鉄、鉄のニッケル合金なのだと。研究に使われたのか、チーズを切ったみたいに切り欠きがある。

たしか、琵琶湖博物館に、この形をした石の展示があったような気がする。この隕鉄のレプリカだったのかもしれない。
本物が東京に持っていかれている。
野洲で見つかった日本最大の銅鐸もそう。
地元では本物は見られない。
東京に何もかもが集中している実情に期せずして触れた。

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岩石がどこでできるかを示した模式図

しかしこの科学博物館、キングオブ自然系博物館というか、とにかく質、量ともにすごくて、とても全館見きれない。
展示は、非常にわかりやすくできていて、上の写真の岩石の生成される地中の場所とか、文字なしでとてもわかりやすかった。

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ホタテ貝類の標本

貝類の展示もきれいで詳しく美しい。洗練された展示。
とにかく東京には「知」も集積しているんだなということを実感。
ひとつひとつの展示の洗練が、それを痛いほど強調している。

地元のものが地元で見られないのは残念な気がする一方で、こうやって首都に来ればすべての知が一望にできる環境は、問答無用で断罪されるべきかというと、そうとも思えない。あながち悪いことではないという気もする。。
まあ里帰りとか、そういう機会は増やしてもらいたいが。
若いうちに東京ですごすことができる人にとっては、最先端のものに触れられることは確かだ。









posted by 進 敏朗 at 00:00| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする