2017年10月26日

茶園のアート

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野外展示の作品

静岡県掛川市の芸術祭「掛川茶エンナーレ」を見た。
掛川は訪れたのは初めてだったので視界に入るものすべてが新鮮だった。
知らない町や土地を訪ねること自体が楽しいという面が大きい。

日帰りというスケジュールで、車で訪れた。
しかし、最初は駅前駐車場に停め、あたかも電車で来たふりをして町中をめぐった。

街をみると、駅前にも現代彫刻とか、小石を集めた曲線美のプロムナードとかあり、まちなかにも戦国武将の妻の内助の功をモチーフにしたレリーフとか、すでに町中のいたるところに「芸術作品」が集積している観があった。
そのような中で「茶エンナーレ」の作品だけを他の景観と区別して見ることは難しいくらいだった。

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掛川城と、手前に流れる逆川

掛川城に到達する手前で、川が流れていた。この川が深い崖のようになっていて、それが「欠けた川」、掛川の地名の由来になっているらしかった。それを後で知った。訪れたときには、台風の影響か濁った水が下のほうを流れていて、水辺に近づきにくいなあと思って通り過ぎたが、後になってちょっと悔やまれた。

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天守閣から眺めた市街地(西の方角)と深い谷間となって流れる逆川

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初冠雪が前日あった富士山を視認

基本このブログは水辺のことを中心にしているので、あと水辺にこじつけて記すと、屋敷の庭園や中庭でいい感じの池があった。

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大商人屋敷にあったいい感じの池

市南西部の横須賀地区には湧水池の庭園があり、それは作品鑑賞とは関係なしに見たいなあと思っていたが、この日は休館だった。

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明治期の重要文化財建築を会場にした展示

城や御殿、明治期の公会堂など、さまざまな建築があって、作品の展示に趣があった。
何よりもこの日は晴天で、光のあたりが良かったのが幸運だった。

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日干し煉瓦の作品

茶殻を練り込んだ日干し煉瓦の作品があった。
茶殻の練り込み感が、見た感じでははっきりわからなかったが、内部は茶殻なのだろうかと興味をひかれた。
茶の香りはしなかった。
思いのほか角がシャープだ。日干し煉瓦、どれくらい風雨に耐えられるのかが知りたかった。

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五明のお茶

茶園にも、作品が展示されていた。
五明地区では、お茶をいただいた。静岡の茶は、滋賀県のとは違って、緑色をしていた。
茶葉は、いつも飲む煎茶よりも細かく、粉々になっていた。深い味わいだった。

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茶園

滋賀県でも、信楽や、土山など茶の産地はあるが「黄色い茶ですか」と尋ねられた。
同じ緑茶だと思っていたが、土地が違えば茶の製法も違うんだなあと知った。
あと、期間中、番茶も製造中で、どんな味がするのか興味を引かれた。

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原泉の河原

午前中、掛川城や、大日本報徳社、「まちなかエリア」を回り、ラーメン屋で昼食をとった後、資生堂アートハウス、ガラス建築で内部にバルーンの作品が展示されていた市役所、そのあと五明エリア、さらにはアート展示会場ではないがねむの木村なども見て回った。

午後はかなりの急ぎ足だった。

最後は原田・原泉エリアを見て帰ろうとしたが回り切れなかった。
とても、1日では回り切れない。ほかに3エリアあるのだけど、それら全部をゆっくり回ろうと思ったら、最低でも2日、3日くらいはかけたほうがいいんじゃないかと思われた。

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7年前に稼働を止めた製茶工場のスイッチ類

明治期の和洋折衷から、現代建築、再建された天守閣、廃業した製茶工場など、作品が展示されている建築が多様で、会場となっている建築物のスケールが大きく、その分展示作品もひきたった。まちの中の建築物を最大限にいかしている感じがしてよかった。

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製茶工場内の作品展示

このようにアート観光を満喫した一日だった。

会期中に、また来る機会があればいいが…しかし、日帰りでも高速道路料金とかの出費がかさみ、けっこう遠くて、思いのほか疲れた。次、来る機会があればいいのだが。

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河原の石





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2017年04月02日

水辺風景画

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池が見える風景のリラックス感。
滋賀の画家、福村真美先生の作品「日帰りトリップ」。

たて32センチ、よこ40センチの小品。

向こう岸に桜っぽい花が咲いており、手前の左側には枯れた葛とかあり、冬から春への移り変わりを思わせる。

池の中の島が水に取り囲まれて「水辺めぐり」の観。

下地に石膏が使われ絵の具が照り返さず、霞んだ空気、淡水感も。

プライベートな旅の趣。

日帰り水めぐりはこのブログのテーマではないか、と先日、京都で開かれていた個展で思わず購入した。




posted by 進 敏朗 at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 水辺アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月10日

木津川とアート、蟹(上)

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神社「湧出宮」境内の作品

「木津川アート2016」を観に、京都でJR奈良線快速、玉水で普通に乗り換え1駅、棚倉で午前10時15分下車。
開催5回目になる同アートを初めて訪れる。今回は旧山城町が会場という。

滋賀県南部からは電車で約1時間半と思いのほか早く着いた。

旧山城町は京都と奈良を結ぶ回廊地域。木津川が南から北に流れ、その右岸(東)に500メートル足らずの山があり、街道沿いに集落が続く。

神社や寺、旧村は、山が平地に接する小高い場所に立地している。

洪水の危険がなく、水が得やすく、地盤のよいしっかりした場所。そういう場所はやはり、人が住むに適しているだろう。

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神社の扁額

冒頭の神社は涌出宮といい、棚倉駅前にあり、そこに湧き水をイメージした作品があった。木々に囲まれて静かな境内では、縄文時代の遺跡も見つかっているという。

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自然石の石垣も

作品を楽しみながら、初めての場所では家の建ち方や石垣などを見るのが楽しい。

アートイベントが開かれていなければ、このあたりの路地を分け入り歩くなんてことはなかったのではと思う。

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民家の展示場もあり、家の奥にあって道路からは見えないような土蔵にも入れて、立派な鏝細工などを鑑賞できるのは作品鑑賞に劣らず楽しい。

土蔵は内部の漆喰や内部の木材も真新しかったが、施主のおじいさんはすでに住んでおらず空家になっているという。さびしい話だ。

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天井川へのぼる道

東側の丘陵から流れる川は天井川になっていて、鉄道は川の下をトンネルでくぐっている。

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天井川の下をくぐるJR奈良線

この感じは、滋賀県の三雲あたりの草津線沿線に似ている。山は崩れやすい花崗岩でできているようだった。

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不動川

川に出ると、河川敷に何やらモザイク画がある。

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蟹の恩返しが描かれた石のモザイク

それは当地に伝わる説話、蟹の恩返しを描いているようだ。

蟹レリーフ拡大.jpg
レリーフを拡大

レリーフは色の違う小石を並べており、蟹の赤は堆積岩のチャートでできていた。

約1.2メートル四方くらいのレリーフながら、蟹のハサミの部分だけで100個以上の石が使われている。石をを平らに並べるのは手間だったろう。財政に余裕のあった時代、1990年代の公共工事物だろう。

滋賀の三上山近くの大山川ではムカデ退治を描いた護岸もあるが、それも1992年製だ。
だが、この自然石モザイクには趣が感じらた。

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蟹の恩返しを説明する看板

蟹の恩返しを説明する看板が、堤防に掲げられていた。汚れていたが話を読むことができた。

蟹の恩返し。それは、村人がたくさんの蟹を捕まえていたのを、信心深い娘さんがかわいそうに思って、魚と交換して放してやった。場面は変わって娘の父親が、蛇に食われそうになっている蛙を見かけ「蛙を逃がせば娘を嫁にやる」と言ってしまった。それがきっかけで、娘が蛇からつけ狙われる。逃れようと家に閉じこもる父と娘。その娘を助けようと、娘に恩義がある蟹が、命を懸けて蛇を退治したのだった。これも観音様の力添え。「蟹満寺(かにまんじ)」の縁起なのだという。

この日はアートを見に来たが、がぜん蟹満寺に行ってみたくなった。

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展示作品にも蟹の影が

一方、古民家にしつらえられたボールペン絵画や、昆虫類を固めた作品にも蟹が登場し、蟹への興味はいやが上にもかき立てられるのだった。

水生生物である蟹が、寺の名前になるなんて。どんな寺なんだろう。

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小屋の中では水中体験型映像が楽しい

途上で作品を楽しんでいたが道にも迷ったりして、20ある会場を閉場の午後4時までに回りきるのは無理みたいだと早々に悟った。

蟹満寺への道.jpg
蟹満寺への道

棚倉駅から旧道沿いに点在する作品を見ながら北上すると、そのまま蟹満寺への道程となるのだった。

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蟹満寺本堂

蟹満寺本堂は、天井川となっている天神川のほとりにあった。

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本堂の壁に架けられた蟹と蛇のレリーフ

拝観料(500円)を払い本堂に入る。

本堂には国宝の本尊釈迦如来像が鎮座。飛鳥時代創建のたいへん古い寺なのだった。

先ほどの「蟹の恩返し」説話が成立したのが平安後期とされておりそれもたいへん古いが、寺の創建はそれより400年くらいもさかのぼる。

本堂は再建されたばかりで真新しく、その内部に、1300年の歳月を経た白鳳仏が黒光りし、まるでタイムマシンに乗って現れたんじゃないかという風情もありて新鮮。

本堂付近の土を詳細に分析した近年の研究では、創建時からずっと同じ場所に座っているのではと考えられているそうだが、別の寺院にあったものが移されてきたという説もあり、なぜここに奈良・薬師寺の像とも共通点が指摘される釈迦如来像があるのか謎は尽きないという。

それとは別に、本堂の中に、蟹をかたどったいろいろな陶器をはじめ、松葉ガニ標本、蟹にちなんだ俳句など、蟹にちなんだ調度品や文芸作品が並んでいて、個人的には、本堂の一角にそうしたコーナーが設けられているのがほのぼのとして楽しかった。

受付で、「境内に蟹の池など関連施設はありますか」と尋ねたら、門の脇に、蟹供養を行う場所が設けられているとのこと。

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蟹供養場

蟹供養場では、毎年4月18日にここで蟹供養放生会が行われ、蟹漁業や蟹料理関係者らも参列するという。

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蟹から水が

金属製の重いひしゃくに水を受けて手を浄めてみた。
蟹が満ちあふれる池辺を頭の中に思い浮かべる。

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沢蟹のいそうな沢

そして、蟹満寺のすぐ北側を流れる天神川。
地図をみるとこの源流は三上山という。ムカデ退治の三上山と同じ名前。高さも473メートルと同じくらい。

上流の竹林をさかのぼって展示作品を見ると、そこは沢で、沢蟹がたくさんいそうな雰囲気で興趣をそそる。

ただこの日は寒かったので蟹は見られなかった。
しかし、こじつけかもしれないが、この環境彫刻作品の赤色が、沢蟹の赤を連想させてもいた。

急流で段差の多い天井川には、魚類はのぼってきにくいが、蟹ならやすやすと石をはい上ってこれる。案外、天井川の上流は、蟹天国なのかもしれないぞ。そんなことも思ったが、天井川というものは、発達したのは江戸時代以降のはず。しかし、開発がはやく山の伐採が早期から進んでいたであろうこのあたりでは、天井川化はもっと早い段階で進んだかもわからない。(続く)




posted by 進 敏朗 at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 水辺アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

木津川とアート、蟹(下)

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天井川、天神川の下を通るJR奈良線

木津川アート2016を見に木津川市山城町を訪れた。
蟹の恩返しで知られる蟹満寺を訪ねたところで達成感を覚え、まだ作品の半分も見ていなかったけど「帰りどき」を感じた。

こうした地域アートイベントの面白さの少なくない部分が地域めぐりにあると思っているので、それは前半で十分味わった。

またこのブログの趣旨も釣りなどを含めたほのぼの水辺めぐりだから目的は達せられたようなもの。

でもそうは言っても、せっかく来たし午後も時間があったので、再びめぐりを始めた。

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旧たけのこ水煮工場

地域名産のたけのこを加工する施設、茶問屋や製茶場跡などが展示会場になっていた。

それは展示作品を見せるというよりは、作品を導きの糸に場所そのものを見せるという体だった。作品提示に対する考え方はいろいろあるだろうが、廃工場は雑然感が強すぎ、もうちょっと片付けられていたほうが作品が見やすいと感じられた。

会場で販売されていたたけのこ佃煮を購入。

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たけのこ等級分けの写真

「蟹満寺口」からコミュニティバスに乗車、そこから途中下車して歩き、木津川の「開橋」を目指した。

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秋空

棚倉駅から無料の巡回バスが接続していたようだったが、それはバスが歩いていた道を追い越していったときに気づいた。マップをよく見ればよかった。

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木津川の看板

でも10分少々で橋のたもとに着いたので影響はなかった。

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開橋から川を見る

300メートルはあろうかという開橋を渡って川を見る。
川の流れは西端のほうにあってほとんど橋を渡り切らねばならなかった。
河原に白い砂が目立つ。湖西の鴨川や、大津の大戸川を大規模にしたような花崗岩の白砂。

木津川の流域面積は1590平方キロメートルということで、滋賀県南部の野洲川(387平方キロメートル)を1単位とすると、4.1野洲川といったところか。

この上流は三重県の伊賀地方につながっており、昨年11月に訪れた島ヶ原村の河原も、この上流にある(2015年11月5日の記事「島ヶ原村」)。

関西の川は、ほぼ全部が北向きに流れている鳥取県と違って、西にいったり北向きになったり、山の間を縫ったり盆地に出たりと、流れる方向や流域の地形が大きく変わるからややこしい。

とくにこの木津川は源流からの流れと、県境、鉄道の関係を頭にイメージするのは難しい。

上流部の宇陀川、名張川などが奈良と三重との県境を何度行き来するかなど本当に複雑だ。

木津川の流域は三重県、奈良県、京都府にまたがっているほか、地図を見ていて滋賀県にも源流部の一部が食い込んでいることに気づいた(信楽の、国道422号線の桜峠一帯)。

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流域センター入り口

さてこの橋のたもとに立つ「流域センター」も会場だったが、玄関の水槽に目を奪われた。

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そこには川で捕れた魚が水槽で飼われていて、ごらんのように鮎もいた。
ウナギらしき魚やスッポン、フナ、ドンコも。蟹はいなかったが、たぶん川にはいるんじゃないか。

もう11月なのだが、あまり大きくない水槽で鮎が長期に飼育ができることに驚いた。

ウナギ?.jpg
ウナギ?

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竹かご

川の中に上のような竹かごを沈めて、寄って来た魚を調べているのだという。この竹かご、入り口にあった花活けと同じものだった。

かつては河川開発と保守の拠点だった同センターは、いまや生態系の保護にもつとめているようだった。治水のためにダムを設けたり河床を下げた結果、川の砂がどんどん流失し、上流からの供給もなくなって、河道が固定してしまったという。

結果、一面の砂原だった河原は草木が生えはじめ、今ではジャングルのようになっている。あの、河川敷の一面の藪は、河川改修によって生まれた風景だったのだ。

このあと廃モーテルの展示を見る。狭くて妙に落ち着きもある空間。

だんだん時間がなくなってきた。この際、椿井大塚山古墳に行きたいと思い、山城プールには行かず。

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高い場所を走る奈良線の電車

再び川べりから徒歩で南東方向の山沿いに戻ると、電車が小高い場所を走っている。先ほどは天井川の下を走っていたのに、かなりアップダウンしている。

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椿井大塚山古墳に向かうマンポ

古墳は奈良線よりも東側の丘にあるようだった。奈良線の下のレンガでできたトンネルをくぐる。

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古墳沿いのアート作品。招待作家の力作

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古墳後円部

古墳は草が刈られていて円形をした部分のてっぺんに登ることができた。そこにも作品が展示されている。

古墳からの眺め.jpg
古墳からの眺め

竹を組んだ物見台もあって眺めが良かった。

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椿井大塚山古墳の説明板

古代中国ゆかりの三角縁神獣鏡が多数、出土したことで知られる椿井大塚山古墳は、築造が3世紀末と推定される最初期の前方後円墳。

そして、三角縁神獣鏡は1953(昭和28)年奈良線を拡張工事したときに偶然、石室に行きあたり見つかったという。

看板をよく見ると、奈良線が古墳の円形の部分をぶった切るようにして走っている。

古墳の下を走る奈良線.jpg
かつて古墳の中だった場所を走る奈良線の電車

思わず下を眺めると、まるで電車が古墳の内部を走っているようだった。

古墳の由来がわからず文化財や史跡指定などなかったのかもしれない。

鳥取県でも山陰本線にまっぷたつされた城山もある。

椿井大塚山古墳は、もともとの丘陵の上に築造された前方後円墳で、四角い前方部は、線路よりも西側に出っ張っているが、そこは民家が立ち並んでいた。しかも、場所がいいのか周囲よりも立派な民家が立つ。

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古墳の西縁をなぞるようなカーブを描く道路

古墳の西はゆるやかなカーブを描いた道路になっており趣がある。
古墳の前方部は崩されてしまったが、その痕跡が道路として残されていた。

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これも作品かと思った

道端に、抽象絵画があると思ったら錆びた掲示板だった。
アートイベントをめぐると、作品でないものが作品のように見えてくることがままある。

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古い農協倉庫

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上狛駅前

上狛方面へ歩き、いくつか作品を見た。

駅前のグッズ販売所で「一番人気は山城プールやな」と聞いた。それは、ビニールのチューブに入って水上を歩けるという体験型アート作品のようだった。見なくて残念と思うとともに、時間がなくて、古墳のほうを取ったので仕方ないと思った。それでも結果的に、残りのほとんど作品を見て回ることができた。

作品を見ることばかりにとらわれず、神社とか寺とか、建築物とか川とか、そういうものを楽しみながらぶらぶら回るのがいいんじゃないかと思った。

4時すぎに上狛駅から乗車し戻った。






posted by 進 敏朗 at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 水辺アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月24日

貝の穴

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土を焼き締めた無造作な感じの人形を見た。
目のところに大きな穴が開いて、不気味なかわいさ?
題は「無名」。
先日、滋賀県立近代美術館で、専門の美術教育を受けていない人がつくるアール・ブリュットの展示を見たが、そこに並んでいても違和感がないんじゃないか。

しかしこれは、バリバリの美術作家の作品なのだった。作品の背後には、芥川賞作家、藤野可織書下ろしの文章が添えられていた。

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目の穴

このブログは水辺のことを話題にして、それの関連で、ときどき見る美術展などで水辺を思い起こさせるものに触れているが、この人形のどこが水辺と関連しているのかというと、この、目の穴が、貝殻を焼いた跡でできているのだった。

会場で作家に訪ねると、焼くときに、貝を粘土の表面に押しつけておくと、貝は窯の中で焼失、表面の模様が残るのだという。

それと、貝が焼けた灰が釉薬のようになって、照りが出るのだという。
ということでこの目の穴は、作家が空けたのではなくて、貝がつくった造形なのだった。

使用された貝は、海で拾ったものもあるが、アサリとかシジミとか、誰でも魚屋で買えるような貝を使うのが、作家の流儀に合ってているのだという。大きな貝はオオアサリだという。

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小型の作品

貝を美術に使うといえば、アワビなどの殻の内側の真珠光沢を利用した螺鈿(らでん)細工が思い浮かぶが、こんなふうに造形に利用するなんて、新鮮な感じを受けた。
こんなふうに書くと、まるで貝のほうにしか関心がないような感じになってしまうが、この無造作な感じが脱力を誘った。

特殊な技術はひとつも、用いられていない。
加えて、貝の焼け具合とか、どうしたって作者のコントロールができない、そういう成り行きに任せているようなところもあって、無造作感をつよめている。

誰にでも作れそうなのだけど、そうした中でのその人の持ち味とは?

筆者が日々、行っている、低技術な営みの数々、池づくりとか、釣りとか、野菜と勝手に生えてくる雑草がまじった庭のようなものとか、そんなものに通じるものがあるんじゃないかと、なんだか勇気づけられたような気も。

ぐちゃぐちゃにされて焼き固められても、残るこく、味わい。それが今のフロンティアなのだろうかと考えさせられる。

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「無名」 谷澤紗和子×藤野可織
11月1日まで(月曜休) KUNST ARZT=京都市東山区神宮道北東角2F

posted by 進 敏朗 at 03:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 水辺アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする