2019年08月12日

お盆の海


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河口近く。吹き寄せられた砂が形作るワンドにコイも

お盆の帰省。
空き家となって久しい母方の祖母の家だが、仏壇も墓地もあり、お寺の壇家関係もそのままで、先祖供養の行事は今も続いている。

それを取り仕切ってきた母も高齢になってきたから、今後どうしていくのか、筆者がそれを考えなくてはいけない立場なのだが、とりあえずはお盆の準備作業等を一緒にすることにして、まず前日の12日夕方、墓や仏前霊前に供える花やシブキ、サカキを米子から運び込み、墓地への花飾りなどの作業をした。

これもお盆が始まる13日にやればいいんだが、13日は米子の実家のほうのお盆行事が忙しいから、母は前日のうちに実家であるこちらの準備を終えておこうという段取りだった。

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夕方の浜

しかし筆者の関心は、お盆のことよりも、家のすぐ近くにある浜や海にあった。
到着すると、とりあえず浜に出て海の様子を見る。
海の見え方は、毎回、違うのである。
この日は波が突堤を洗うほど強いわりに、水平線がいやにはっきりと見える。
この日鳥取市は全国で気温がいちばん高くて38度だかあったというから、フェーン現象で中国山地を吹き下ろした風が来ていたのかもしれない。


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墓地から夕焼けをみる(午後6時50分ごろ)

海の見える墓地で、草を抜いたり、花をいける筒を洗ったりしてから、花を飾る。
墓がひとつだったら楽だが、母の母方の実家など、親類関係含め5基もあるために、作業が5倍となる。仏式と神式がひとつの区画に同居している。
筆者は恥ずかしながら、シブキとサカキは違う植物であることを初めて知った。シブキの葉っぱにはギザギザがあって、サカキはギザギザがない。これを仏教用、神道用と使い分けていたのである。毎年、お盆の準備を欠かさない人なら当たり前のことが、筆者などはまったく知らぬまま育ち、中年になった。

やっている間に夕方となって、きれいな夕焼けとなった。

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夕暮れの浜(同7時25分ごろ)

夕焼けはさらに深い色となって、浜に出て、深い青と赤のコントラストを見た。
近くの駅から汽車(ディーゼルカー)で母を送り返し、ひとりの夜を過ごす。
楽しく語らい眠ったことを思い出す。

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赤い甍と海

明けて、やはり気になるのは海。
朝、墓地のやり残した掃除と花の水替えに行き、ふと海を眺める。
石州瓦(せきしゅうがわら)の明るい茶色が、青い海に映える。
いいね石州瓦。
この寺自体も「海見山」というのだった。
いやがうえにも海が目に入る立地なので、開祖か誰なのかは知らぬが、そう名付けた気持ち、僕にはわかります、と名付けた人に言いたい気持ちになった。

瓦に引きたてられて海がいっそう青く見えたから、海水浴したい気持ち(海水欲?)も高まった。

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浜に出る(午前11時ごろ)

台風が南洋上を接近している影響で、風が強めで白波も立っていたが、海水浴場のブイの内側は人が泳いでいて遊泳禁止というほどではなかった。

お盆には泳いだり、釣りはせんもんだ(しないものだ)といわれていて、それを言い聞かされて育った筆者の中にも禁忌の心はじゃっかん残っているのだが、迎え火を炊くまでなら泳いでもいいんじゃないかと思いなおす。

やはり泳ぎたい心がまさり、禁忌の心はどこかに消し飛んだ。


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海に入る

とはいえ波もあるから、ちょっと入るだけにした。

海は、季節、天候、時間帯によっていろんな表情があり見ていても飽きないが、やはり海は、そこに浸かることで直接つながるというかぜんぜん違ったものになる。



苦い海水が鼻から入る。
昔と何も変わっていない。ちょうどよい冷たさ。
幼少時からの夏の恒例行事はやめられないのだった。もはやレジャーというより神事のようなものかもしれない。

砂の上をサンダルばきで、あたかも近所の公園から戻るように家に戻る。

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午後から京都のおば合流、お盆の供え物について学び、提灯の準備も。
墓に備える砂糖を固めたカラフルな菓子や、お膳に供える煮しめ一式等、必要なものは、すべて地元のスーパーで売られていた。

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迎え火

夕方から、米子に引き返すため、まだ明るいのに迎え火をたく。
迎え火に使うおがらも、スーパーで100円くらいで売られており、それを半分だけ使って迎え火とする。
残りの半分は16日に送り火に使うのだが、その日までには滋賀に戻ってしまうのだった。





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2019年07月24日

浜の梅雨明け

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広くなった浜

今年の梅雨明けは遅くて中国地方で25日だった。
その前日の24日、鳥取入りし、空き家となっている祖母の家から浜に出ると、これまで記憶にないくらい浜が広がっていた。
3月に訪れた際にはこのようになってはいなかった。短期間で砂が吹き寄せたのか。

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砂搬入作業(25日撮影)

いやそうではなく、砂の搬入が行われたようだった。

重機が浜に溝を掘り、トラックが溝に砂を落とす。川の対岸側の浜はこの繰り返しが行われていた。
昔は、浜がもっと広かったという。幼少時の記憶では、確かに広かったような気もするが、それは自分が子供だったから何でも大きく見えていたせいもあるかもしれない。ともあれ、浜は年々縮小を続けていて、場所によっては民家のちょっと手前まで波が来るような事態にもなっていたから、何かの手を打たねばいけないタイミングだっただろう。広がった浜の砂質には目立った変化はなく、近隣の浜から持ってきた砂と思われた。


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サビキ釣り

日中は草刈り、剪定に精を出し、夕方になると、恒例の釣りをした。
漁港からのサビキ釣り。この日は足元がポイントで投げなくてもよかった。
同じ場所で昼すぎから釣っていたおじさんが、撒き餌をしてくれていたおかげで、小アジが次々にかかってくる。

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釣果

1時間ほどの釣りで、40匹近く釣れ、いちばん大きなやつは20センチくらいだった。
これでは先日、若狭湾でボートに乗っての釣果と変わらない。それが、足元に糸を垂らしただけで得られたのだった。


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塩焼きや空揚げ

大きめのやつは塩焼きに、小さいやつは空揚げにして食べた。
鮮度がいいだけあって味はよかった。

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玄関先を、セミが土の中から出てきた


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梅雨明けの朝(午前9時半ごろ)

明けて25日朝は海水浴。
ちょっと涼しくて、水もまだ冷たい。まだ泳いでいる人もいない。

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力尽きたムラサキダコ

魚かな、と思ったらタコだった。
波打ち際に、力尽きて横たわっている。様子から見て、昨晩から未明にかけ漂着したみたいだ。
胴体がタコにしてはしっかりとした形になっている。ムラサキダコのようだ。

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漂着の情景

これを引いて撮るとこのような情景になっている。
河口のへりに横たわっているのが見えるだろうか。
どうやら波打ち際で産卵をするようで、少し離れたところに米粒のような卵塊があった。
産卵を終え力尽きたタコよ。やすらかに。
人里の足元では、生命のドラマも繰り広げられているのだった。


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グレやチヌ

泳ぎ初めは冷たかったけど、徐々に慣れてきて、突堤の先のブロックや捨石の周りを泳いだ。
グレやチヌらしき魚、根魚などがみられた。

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小魚泳ぐ



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晴れ間のぞく

海から上がるころに晴れ間がのぞいてきた。本格的な夏到来だ。

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昨晩のセミが

昨晩、玄関先で見かけたとおぼしきセミの幼虫が羽化していた。
いつもの夏がやってきたことが喜ばしい。
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2018年08月12日

海水浴

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浜(午前10時ごろ)

空家となっている祖母の家に墓参り。浜は海水浴場だ。
浜と住宅が近い日本海。
浜はけっこう幅広いが、ブイに囲まれた海水浴場の範囲は狭く、これ以上狭くなりようがないという意味で日本一小さな海水浴場かもしれない。

昔は海中に鉄製の飛び込み台や海の家があった。筆者の生まれる以前には、ブランコやぼんぼりなんかもあったことが写真に残る。


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波があって、昔は、浮き輪につかまって、波を上下するのが遊びだった。
大人になった今となっては、浮き輪はしない。

島根半島の入江など、波のあまり来ない海水浴場で、海底の様子を見るのも楽しいが、波のある海水浴場は、波のザザーンというサウンドがあって、それが海感を高めているんだなとあらためて思った。

波が強かったせいか、懸念されたクラゲにまったく遭遇しなかった。

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休息

泳ぎを覚えた5歳のとき、ここで溺れかけて救助された。
兄らに見せようと得意になって泳いでいたら、足が届かず、もがいていたところを、網のようなものですくわれた。
浜はその当時から変わっていない。いっとき、砂がずいぶんえぐられて、丸石がだいぶ目だったこともあったが、沖にテトラが沈められて砂がたまるようになった。


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砂粒

砂は、裸足で踏んでもまったく痛くないほど細かく、かといって細かすぎて泥っぽくなることもない。
ちょうどいい粒だ。

拡大すると、透明な、ガラス質? の粒がけっこう多かった。
この砂で育ったので、水泳場の砂質にはけっこううるさい。琵琶湖の湖西の浜は、これに比べると、色が白いのはいいが、砂質が粗くて足裏が痛い。

波があったので、水中撮影をあきらめて、1時間半ほどで家に戻った。



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開山1300年、大山南河原橋からの夕景(午後7時ごろ)

posted by 進 敏朗 at 00:00| Comment(0) | 山陰往還記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月11日

砂崩れ、河口の開通

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波が収まらない海

昨日から、空家となっている祖母の家を訪れ、早々に寝入ってしまい、朝目覚めて、裏口の草刈りをしていると、海から波音が聞こえてくる。

きのう、波高くて泳ぎをあきらめ、ひと晩すれば穏やかになるんじゃないかと期待を抱いていたが、そうはならなかった。

ああ残念だ。

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泳ぎたいが波が高くて危険だ

しばらく未練を抱き海を見る。
昔もよく、海水浴に来たのに、波が強くて遊泳禁止の日というのがあった。

ここは若狭湾とか島根半島の浜のように磯場に囲まれた入り江ではなくて、外海にちょくせつ面しているから、波が強い日もけっこうあるのだった。

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砂浜の貝

仕方なく砂を観察する。

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削られた砂

満水となっている川を渡って西側にいくと、砂浜が波で大規模にえぐられていた。
堤防まであとちょっとしかない。

ちなみに黒く見えているのは砂鉄だ。
鳥取県の山奥ではかつて製鉄がさかんで、花崗岩に含まれてる鉄分が、こうやって海に流れてきた。
引き波が強い場所では、比重が大きい砂鉄が残りやすいのかもしれない。

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がけの上から

がけの上からだと海原が見渡せる。
釣りで遠投するにはよさげだが、足場はきわめて危険だ。

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ここは昔からハマヒルガオなど海浜の植物が茂っていて、それでほかの場所よりも砂のかさが高かったが、波によって一挙に浸食された。

突堤と突堤のちょうど中間点なので、浜が弧状にえぐられるのだろうか。今後どうなっていくのかが気になる。

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通水していた川

などと観察し、河口のほうへ戻ると、ふさがっていたはずの河口(冒頭の写真参照)が、通水しており勢いよく水が流れている。



これによって短時間のうちに、川の水位は平常に戻ったようだった。
海浜の砂は、こうして動き回り、浜の形はたえず変わっているのだった。


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水位が下がった川


ここは日本海側なので、太平洋側のように潮汐で河口の水位が変動するようなことはないので、川の水位が変わっているのは異例な現象だと思う。

(追記)と思っていたら、夕方、再度川をみるとまた、河口がふさがったのか水位が上昇していた。波に洗われ河口の砂がならされた後、再び波の力で、砂が河口部にたまったようだった。

昨晩スーパーで買ったブドウの皮が残った。
これを川のコイに与えたら食うだろうかと、投げてみたが、コイは近寄ってはきたが、これを鼻先でかわし、食おうとしなかった。

コイはけっこう幅広くものを食べ、ごはんの食べ残しを与えるのが楽しい。焼きなすとか、水に浮いたところをコイがパクッと音を立てながら食べる様はなかなか迫力があって見ごたえが十分だ。

だが、そんなコイでも食べないものがあることを思い知らされた。ブドウの皮は、裏庭に埋めた。

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〈おまけ〉米子行き普通列車の車窓、16時40分ごろ赤碕駅、列車待ち合わせのため停車




posted by 進 敏朗 at 12:00| Comment(0) | 山陰往還記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月10日

満水川

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河口と浜

午後から、空家となっている祖母の家を訪れた。
台風も過ぎて3日たったから泳げるかと思ったら、波高くうねりがあり、とても泳げそうな状況ではなかった。
台風5号は動きが遅く、温帯低気圧となったあとも東北地方にとどまり雨を降らせている。海況が回復するのも遅れていたようだった。

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水位が上がった川

川をみると様子が違っていた。水位が上がっている。

河口をみると砂でせき止められていた(冒頭の写真)。
海水面よりも川の水面が高まっており、水の流れ出しがほとんど見られず、河口はプールのようになっている。
台風の波浪とともに、砂が押し寄せて河口をふさいでしまったのだろうか。


キス釣りもしたいなと思っていたが、こう海が荒れていてはそれも難しい。
というわけで海での泳ぎや釣りをあきらめ、スーパーに行って海産物などを買おうとするが、この間のしけのため地元海産物はほとんど置かれていない。

お盆が近づいたせいか、いぎす(海藻を固めた寒天状の食品)も売り切れ。
「いぎすはお盆に食べる習慣がありまして」と、説明してくれた店員は、筆者が地元の者でないと見えたようだった。

現住地の滋賀県にはない地元食品がことごとく手に入らず残念な気分に。

さらには、カットすいかがなぜか長野県産でいぶかしい気持ちに。
産地として知られる地元のすいかは、丸ままのやつしかなく、1個2000円以上する黒っぽい高級品だった。

だがブドウは、巨峰やシャインマスカットのほか、見たこともない数種類の品種がそろっていて、ぜんぶ地元産品だった。緑色が深いブドウを購入。

あご天と佐治谷豆腐(きぬ)を買って帰り、食べたら、ほどなく寝入ってしまった。

posted by 進 敏朗 at 11:31| Comment(0) | 山陰往還記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする