2025年08月10日

インドネシアのメダカ

琵琶湖博物館で、「世界湖沼の日」(8月27日)制定を記念した水族展示があった。
世界の湖沼の環境を考えようと、アメリカやアジアの湖の魚が展示されていたが、その中でも目を引いたのが、インドネシアのスラウェシ島のメダカの展示だった。

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スラウェシ島の地図

スラウェシ島には、琵琶湖のような古代湖がいくつかあり、湖ごとに固有種のメダカがいるのだという。

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トウティ湖のメダカ

トウティ湖は、アルファベットの「K」のような形をしたスラウェシ島の右下の画の根本あたりにある。
中国の洞庭湖(どうていこ)と読みが似ているが関係はない。

スラウェシ島は面積17.4万平方キロで、日本の本州(22.8万平方キロ)に匹敵する。3000メートル級の山もあり、山がちなところも本州と似ている。
人口は約2000万人といい、これは本州よりだいぶ少ない。
トウティ湖の広さは琵琶湖(670平方キロ)よりやや小さい561平方キロ。
水面は海抜293メートルとやや高く、最大水深は琵琶湖より深くて203メートルという。
このトウティ湖には固有種のメダカ「マーモラタスメダカ」がいるのだが、2023年にはさらに新たな固有種「トウティメダカ」が認められたという。

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トウティメダカ

それがこのメダカだったが、肌色で半透明な感じで、日本のメダカよりもほんの少し大きいようだった。
底近くの水槽の奥や、水草の間におり、物陰に隠れる性質があるようだった。

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マーモラタスメダカ

いっぽうの、同じ湖にすむマーモラタスメダカは、見た目は片方のメダカと見分けがつかなかった。
しかしこちらのメダカは水槽の前方に姿を現し、写真に撮りやすかった。
見た目からはほぼ区別がつかないものの、性質には何らかの違いがあるようだった。

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やや大きなニグリマスメダカ

さらに、スラウェシ島にはポソ湖という古代湖があり、こちらの広さは323平方キロメートルと琵琶湖の約半分。
地図をみるとポソ湖とトウティ湖は川がつながっておらず、別々の水系にある。
島に古代湖があるという点で、スラウェシ島は本州と意外な類似点があることを知った。

ポソ湖には数種類の固有種のメダカがいて、2つの種類が展示されていた。
大きな目、低い頭、上を向いた口、まっすぐな背中などメダカの基本形は守りつつも、いろいろなバリエーションがあって面白かった。

スラウェシ島はメダカのホットスポットという説明もあったが、すでに数十年確認されていない種類もあり、絶滅したのではと危惧されているという。

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日本のメダカ分類

また、日本のメダカの分類と分布域の説明もあった。
滋賀県のメダカは、「ミナミメダカ」のなかの「東瀬戸内集団」という。
私は岐阜県の平野にメダカを見に行くことがあるが、そこのやつは「東日本集団」。
そして福井県に行けば、「キタノメダカ」というメダカの分布域に。
山陰地方には「ミナミメダカ」の「山陰集団」。
九州では、大隅半島や薩摩半島とかで固有の集団に分けられているのも興味深い。
なんだか、弥生時代の銅鐸や銅矛とかの分類と分布をみているようだ。

メダカは、世界の淡水で繫栄してきたのだが、水辺の変化で「メダカの学校」がみられる小川はとても少なくなっている。
インドネシアでも絶滅した種がおり、水質など、水辺の環境も脅かされているという。
世界にはいろんな固有種のメダカがいて楽しいなと思ったが、そんな多様なメダカが存続できる環境が守られてほしいものだ。

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〈おまけ〉コイのように大きいが形はタナゴのような、不思議な印象の魚「クサゴイ」


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2025年06月22日

湖魚市の小魚

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並んだ湖魚

農産物直売所で地元漁協の「湖魚市」が開かれた。
トレーには「えり」で捕れたコアユなどの小さな魚が並ぶ。
釣りや投網では捕れないサイズの小さな魚で、天ぷらや飴炊き用に値打ちがある。
鮮度保持が命だが、朝、取れたてのやつを活かしたまま持ってくるので、これも貴重である。しかも格安だ。
冒頭の写真の真ん中のトレーの、いちばん小さい魚を買った。

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小さな魚

そのうち200グラムを天ぷらにしようとボウルに移した。
1匹1グラムくらいで200匹はあるだろうか。これは小さい。購入時にコアユかと思って買ったのだが、価格も安かったし、もしかするとワカサギなのかもしれない。

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天ぷらに

小魚天ができた。
コアユかワカサギなのかどちらなのか。食べてみたがよく分からない。
なんとなくコアユのほうがうまいというイメージはあるが、どうなのか。
天ぷらはスナック感覚で食べられる。飴炊きもうまい。
サイズの大きさで食感が違い重宝するのだった。


posted by 進 敏朗 at 14:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 琵琶湖・内湖 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年04月17日

海津大崎桜周行

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大浦川河口付近(午前10時10分ごろ)

海津大崎の桜、徒歩で見物へ

奥琵琶湖の海津大崎の桜を見たいと長年思っていたが、シーズンはとにかく車が混雑して大変だというので、滋賀在住30年以上になるのに見たことがなかった。
平日に休みが取れたこともあり、同所へ初の桜見物を計画した。

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橋の下に漁を終えた船が停まる

姫路6時12分始発の近江塩津行き新快速「3408M」は、滋賀の行楽に何かと重宝する。
8時過ぎに乗り、米原を経由し9時33分には終点の近江塩津に着く。
ホームに数分後、敦賀発の湖西線経由姫路行き新快速「3143M」が停車する。
これに乗り替え、ひと駅分だけ進み永原に9時42分に下車した。
あたかも「琵琶湖環状鉄道」のようなスマートな接続だ。

高架の永原駅から眼下に大浦川が流れ、大きな桜の木が満開だ。
ホームから樹上を間近に見下ろしつつ撮る。
さらにログハウス風駅舎などを撮ったが、SDカードを他のカメラのと入れ間違えていたことが発覚、アップしたかった写真などが記録されず残念なことに。
でも早めに気付いたのは幸いだった。

湖岸到達時にはすでに満足

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琵琶湖岸に出る。大浦湾の眺め

永原駅から南に歩くこと約20分。大浦湾に出た。
いきなり美しい水辺の景色だ。
右側に見える山の先端が海津大崎。沿道に桜が並んでいるのが見える。

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湖と桜

大浦川の河口付近にも桜並木があり、湖を重ねて絵になる風景が撮れる。
水のきらめきが合わさって美しい。
永原駅からここまでで、すでに桜を見て満ち足りた気分になった。
だがここからが海津大崎の桜並木スタートなのだった。

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沿道いっぱいに満開の桜

沿道の咲き具合はまさに満開、マックスである。
歩いている人もちらほらいる。前方には若い外国人女性2人が軽装で歩いている。
車やバイクも頻繁に通り過ぎる。
ビワイチ(自転車での琵琶湖一周)用に路面に青色で自転車レーンも引かれている。自転車も時折、通り過ぎる。ビワイチで同所を進む場合は大浦から海津にかけて時計回り進むため、湖岸に近い側にレーンが引かれている。

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流れ込み

ところどころに流れ込みがあり湖に注いでいる。
コアユなどがいるかと思ったが、まだ魚は見えず。
今年もコアユ少ないようだが、今シーズンはどうなるだろうか。

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高島市の標識

1時間ほど歩き、二本松キャンプ場を過ぎると高島市の標識が見えてきた。
ここが滋賀県における「湖北」と「湖西」との境にもなるのか。
海津大崎の先端は高島市マキノ町海津の地先ということだ。

絵になる風景

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竹生島とカヌー

歩くにつれ、進行方向の左側に広がる琵琶湖には、竹生島が葛籠尾崎の先端からだんだんと姿を現した。
カヌーが私の歩く速さとほぼ同じスピードで並走している。
写真の点景とさせてもらった。

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湖、桜、カヌー

角度を変えて桜を撮る。
よさそうな構図が見つかるとすぐにカメラを構えることができるのが、歩きの利点だ。

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カヌーが接岸

すると、幅数メートルの石浜が道路の下に現れ、カヌーが接岸した。
道路から下りてみることにした。

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下りてみるとそこは、白と黒の角が取れた石が混じる石浜だった。
ここらの他の場所では黒っぽい石の浜が多いが、ここでは白っぽい石の割合が高い。
まだら模様できれいな色調だ。

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琵琶湖と岩礁、桜

浜の突き当りに岩礁があり、琵琶湖に突き出てその上に桜が枝を広げる。
琵琶湖、岩、桜と、まるで海津大崎を凝縮したような景観だ。

大崎寺からの眺めを期待したが

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海津大崎港

そこからトンネルをいくつか抜けると港があり、大崎寺の門前に出た。
永原駅から歩いた距離はここまでで9キロくらい。
観光船が桟橋に接岸しようとしていた。11時50分着の便である。
奥の山並みの山頂部には、わずかに雪が残っている(写真を拡大すると見えます)。

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大崎寺の門前

門前には土産物店などが立ち、にわかに観光地の様相に。
南に琵琶湖、北側は山という場所で日当たりが良いためか、開花が進んでいて葉桜になりかけている。
観光船の客が押し寄せる前に、石段を上って大崎寺へ急ぐことにする。

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大崎寺

高台の大崎寺から琵琶湖のパノラマを期待したが、樹木に鬱蒼と囲まれて眺望は一部に限られた。

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線香を上げた

本堂から遊歩道を東に進むと竹生島が見られる場所があった。
しかし、その場所からの眺めも、枯れ木で一部遮られていた。松と琵琶湖、竹生島の組み合わせは雰囲気があったが。
大崎寺は海津大崎の先端からやや西にずれており、海津大崎の南東に浮かぶ竹生島は見えにくかったのだ。うーん残念。

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やや残念な大崎寺からの竹生島の眺め

正午になり、持参した弁当を食べようかと思ったが、これでは静かな場所がないので、先ほどの岩礁の場所まで10分ほど歩いて引き返すことにした。

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トンネルを引き返す

トンネルを何度かくぐり戻らねばならなかったが、自動車に加え、重連バイクのエンジン音がトンネル内で爆音となって響いた。
このうるささには辟易とした。
トンネルの向こうから、桜吹雪が散る様子がきれいで、カメラに収めようとしたが花弁は小さくて案外映らない。

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石と湖

岩礁の場所に戻り昼食。
竹生島も眺められ、休憩場所には申し分ない。

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アケビの花

コースを引き返したので、再び大崎寺の前に出たときには午後1時になっていた。
午後10時ごろ出発して約3時間。予定よりすこし時間がかかった。
ここから少しペースを上げて歩くことにした。

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海津の家並みが近づいてきた

西側には遊歩道も

大崎寺から先は、湖上の物流で栄えた海津地区に近づいていく。道路の一段下に遊歩道が続いており、車のわずらわしさを感じることが少なかった。
花見客は前半よりも多くなりにぎわっていた。

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沿道を振り返る。手前は海津の石垣

大崎寺から海津地区までの距離は案外短く30分ほど。
湖岸に連なる石垣と桜の風情を楽しむ。

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海津の石垣と桜

広い湖に桜が咲いている光景は不思議な感じもする。

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波打ち際の桜

白い波が打ち寄せる。
ここは海ではないので、波打ち際と桜の組み合わせも楽しめる。
海べりにはあまり桜はないような気がする。あるいは内湾や汽水湖なら、岸辺に桜はあるのだろうか。
通りがかった漁港は桜見物の船の発着場ともなっていて、若い漁師さんやベテラン漁師さんらが働いておられ活気が感じられた。

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流れ込みと桜、琵琶湖

散った花弁が水路に落ち、琵琶湖に注いでいく。
街道を進み、いったん知内川の河口付近まで寄り道して、コアユがいるのかを見ようとしたが川には魚影は見られず。釣り人もおらず。

マキノ駅には午後2時15分ごろ着。永原で下車して約4時間半。歩いた距離は16キロだった。

天候に恵まれ

観光振興のコーヒー屋台でホットを買う。桜の時期だけ出している店という。「本日で最後です」というのでラッキーだった。
満開の桜を、晴天で風のない天候のもと眺めるという最高のタイミングとなり、海津大崎の桜の眺めは評判通りのすばらしさだった。
海津大崎の沿道だけでなく、永原駅からの大浦川沿いとか、大浦川の河口付近から湖岸にかけてなども良い景観で、これだけでも満足できそうだった。

京都方面行の新快速に乗り、堅田で下車。
琵琶湖大橋を渡り対岸の守山駅に向かう「エコバス」が数分で接続していた。
1時間に1本の新快速に合わせて運行されていた。
これを利用し、電車とバスによるスマートなビワイチとなった。

posted by 進 敏朗 at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 琵琶湖・内湖 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年01月27日

三島池

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三島池(午後2時半ごろ)

湖北の絵になる池、三島池

長浜盆梅展に車で訪れ、その足で東に約10キロにある三島池(米原市)に行く。
1月の湖北では珍しく雲一つない晴天。
大寒の時節というのに、伊吹山の雪はうっすらとしたもので、山頂付近にしか雪がない。今シーズンもかなりの暖冬だ。

農林水産省「ため池百選」にも選ばれる、滋賀県では有名な池。
訪れたのは今回が初めてだ。
私は水辺ファンと言いながらも、湧き水や魚捕りへの興味が強く、景色を見ることをメーンに訪れる気になれなかった。
だが、雪の伊吹山をバックにした池はやはり絵になる。青空が広がり、いい日に来ることができた。

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「日露戦勝」の砲弾

「三島」の由来はあの三島だった

三島神社が池のほとりにあった。
三島池の築造は、鎌倉時代の佐々木信綱の嫡男、重綱(1207〜67年)が、「大原荘」を整備したことにさかのぼるという。
父の佐々木信綱から領地を与えられずにいたところ、伊豆国の一宮である三嶋大社に祈願したら、幕府から領地が与えられたので、三島から神様を勧請した。
それで三島神社といい、そこにある池は三島池なのだという。知らなかった。
神社の由来は別にもあって、源頼朝の挙兵をたすけた佐々木秀義(1112〜84年)が1184年に勧請したとされる。
いずれにしても佐々木氏に由来し、伊豆との縁が語られているのであった。

静岡県の三島へは、湧水の川・柿田川を見に行ったが(2013年3月25日「柿田川行(その1・その2)」、三嶋大社には行かなかった。
日帰りだったので日程の制約もあったが、神社や歴史に興味がわかなかったためでもあった。
しかし今回、三島池を訪れたことで自分のなかで歴史リンクが張られたので、次、三島を訪れることがあったら行ってみたくなった。
水辺のつながりができたというのも面白い。

石段を上ると、「日露戦勝」と彫られた石の台座に砲弾が載っている。
武運を祈願したようだ。戦争が地域に身近なものとして存在していたような感じを受けた。

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池を泳ぐ鴨

鴨が寄ってくる?

さて、池に近づくと、どういうわけか鴨が近づいてくる。
人をまったく恐れていない。何なのだと思っていると、向こうの石橋のたもとあたりに多数の鴨が上陸しているのが見える。

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餌をやる人々、群がる鴨たち

近づくとそれは、訪れた人たちによる餌やりであった。
食パンを手に、ちぎっては投げている。それを目当てに恐ろしい勢いで鳥が集まる。
すっかり餌付けされて、人を恐れなくなったのだ。
中には袋菓子をあげている子どもがいる。塩分や油、調味料、これはさらに良くない気がする。
鳥インフルが懸念されるご時世でもある。鳥にしてみれば餌がもらえてうれしい限りだろうが、野生動物にむやみに近づくのは危険でもあるので、自粛したほうが良いのではと思われた。

posted by 進 敏朗 at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 琵琶湖・内湖 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年12月19日

ヒウオ低調発表

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烏丸半島から南湖、比良山系を臨む(17日午後3時ごろ)

今年の琵琶湖のヒウオ(鮎の幼魚)の漁獲が過去最低ペースであると滋賀県が発表した。
昨年も不漁の年であったが、今年はそれを下回り、12月2日の解禁日以来、16日間の操業で漁獲が4トンという。
4年前の2019年には解禁日だけで6トンが捕れたという。低調ぶりが際立っている。

滋賀県によると、原因としては産卵量が少なかったうえ、9月までは猛暑で、川の水温が鮎の産卵適温まで下がらなかったことから、産卵のピークが10月にずれ込んだ。そして琵琶湖のミジンコの密度も低く、餌不足で成長が遅れているのではないかとの分析だ。

さまざまな要因が、鮎の不漁に結びついているようだ。この夏から秋は川の水量は豊富で、産卵が期待できると思ったが、水温が下がらないから産卵が遅れるなどデリケートだ。

1990年代に比べて流域の下水道普及が進んだが、川から琵琶湖に流れ込む窒素やリンが減って、貧栄養化が進んでいるのかも。
以前は、野洲川でもコアユが気持ち悪いほど捕れたものだったが、ここ数年はそうした活況は見られなくなった。

今シーズンの川でのコアユ捕りは、過去に例のない貧果だったが、これでは来シーズンも希望が持てない。
県の説明では10月産卵の遅生まれヒウオがこれから成長して捕れだすから、漁獲は回復するだろうという。

しかし過去には、冬はヒウオ漁が好調だったのに春には激減したとか、謎も多い。
秋に確認できた産卵量と、12月のヒウオ漁の漁獲量、春から夏の魚群調査と、川での実際の魚獲りの成果とが、一直線には結びつかない印象がある。産卵量が少なかった年でも川では豊漁だったり、逆に産卵が多かった割に魚影が薄い年もあった。
コアユの増減にかかわるファクターはさまざまにあるのだろう。

どうか春には、漁獲が回復していることを願わずにいられない。

posted by 進 敏朗 at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 琵琶湖・内湖 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする