池めぐり
立春のこの日、三重県南部の花窟神社前にて日の出を拝み、そのあとさらに南下した。
訪れた一帯の地図
熊野市から南に進み、御浜町との境となっている川がある。
その付近の海近くに、池がいくつかある地帯がある。
これは、水辺のいい景観が広がっているのではないかと、以前から地図を見ていろいろ思っていた。実際はどんな所なのか。
みかん園
ゆるやかな起伏のある土地に広がるみかん園
平坦な沼沢地を想像していたが、そこはみかん園の広がるなだらかな丘陵地だった。
やはり地図を見ただけではわからない。
御浜町はみかんの一大産地だった。
地図の中に見られる最大の池「志原池」(地図に表記がない)を訪れた。
長さが1キロ近くありそうな大きな池だ。
水路を通じて、北東の「大前池」とつながっている二連の池。
池のほとり
池は少雨の影響か、水位が低下していた。
水際は泥や砂ではなくて礫の浜となっている。
水鳥もたくさんいる。
南東方向を見る
左に折れた「Y」字は、霞ケ浦にも形が似ている。
または2本の角を出したナメクジかウミウシとでも形容できそうな形。
その左側の角の先のあたりに下り、南東方向を眺める(上の写真)。
奥のほうはさらに右側に池が広がっているのだが見通せない。
注目したい点は、地上の部分とけっこう高低差があって、陸地が隆起し、池の部分は陥没しているのではないかと思わせた。
おととしの春おとずれた浜名湖や佐鳴湖周辺の地形とも似ているような気がした。
はや梅が咲く
志原川左岸のヨシ帯
ヨシ帯の先に、志原川と志原池出口との合流地点があり、そこまで行きたかったが遠くて、イバラのトゲ等に心折れ断念。
旧道の橋
河口がつながっていない川
さらに下流の旧道の橋に至る。
コンクリートの骨材も粗い石でできている。
旧道の橋の下部。潮の逆流を防ぐ門という
橋の下部には、樋門があって、海からの潮流が逆流してくるのを防ぐための門だという。手動式のようだ。
ここから海までは近い。河口はどうなっているのか。
積みあがった砂利。中央右の地平線上の人物とくらべるとスケールがわかる
志原川は延長10キロにも満たない二級河川のはずだが、その割に河口付近の川幅は広い。
浚渫されているのか両岸に土砂が積まれているが、その上を歩く人が点のように見え、とんでもないスケールだ。
丸石が続く浜
砂利というか、丸い小石が無限に続くかのよう。
シュルレアリスムの画家タンギーの絵「個の増殖」を想像。
石が敷き詰められた神社の境内のようでもある。
この多量の石はどこから供給されるのか。
海の寸前で途切れた川
サア河口だ、と思ったら、川は海まであと数メートルというところで途切れ、海に注がないまま終わっていた。
樋門のところでは流れ落ちる水が確認できたので、この粗い丸石の底に水が吸い込まれていくのだろう。
粗い丸石の河口の風景は、泥干潟のハゼ釣りポイントなどを想像していた私には想像を絶する粗い風景だった。
いま潮が引いているのかもしれないが、海と川尻との間に積みあがった丸石は高さ2メートルくらいあり、容易には水が貫けない雰囲気。
ここまで流れてきたが
あらためて冒頭の地図を見ると、確かに川と海はつながっていない。
しかしこのままだと、大雨が降った時には排水できず、川や池の水位が上昇し、内水氾濫を起こしてしまうのではと思ったが、いまが水位が低いだけで川の水位が上がっても大丈夫なようになっているのか。
海につながったらつながったで、暴風雨の際には海水が池に逆流するというから、それよりはふだんは川がつながらないようにしてあるのかもしれない。
水はけはよさそうなので、地下から水が海に抜けていくだろう。
巨額をかけて水門を整備するかわりに、自然の作用による水の調節が図られているということか。
鉄橋を渡る紀勢本線の列車
池めぐりなど
穏やかな天気に恵まれ、青い空が広がりどこを撮っても絵になる。
志原池の南側にもある蓑の池、壺の池も訪れた。
みかん園広がる蓑の池。周囲が隆起し、池は陥没した土地のようだ
「池大神」(蓑の池)の入り口
神秘的な壺の池
壺の池は竜の伝承もある神秘的な感じの池であった。
どの池も自然堤防で海で仕切られる一方、周囲の土地は海抜10〜20メートルの台地となっていて、隆起した土地のようだった。
それは台地の土の中に、海岸で見られるのと同じ丸石が多数、ごろごろしていることからも確かめられる。
いっぽうで池になった部分は相対的に陥没している。
それがために、池畔には容易に近づくことができず、崖下の水面は神秘的な感じであった。
みかん無人販売所
みかんの無人販売所が国道沿いなどに点在。
陽光を浴びて甘そうだ。
もうエンドウが育っとる
畑ではエンドウ豆も高さ1メートル以上に伸びて花も咲き、土地の温暖さを物語る。
春の日差しを受ける津波避難所
海辺の林
また、このあたりには海岸沿いに幅100メートルほどの林があり、とてもいい感じだった。
わが故郷鳥取県にも海岸沿いに松林があるが、こちらの林はマツ以外にも多様な樹木がある。
林を通って海に出た際の感じがすばらしく、開放感があった。
海辺の林を抜けた海岸の光景
熊野古道の松本峠から海の眺望を得る
さてここからは番外編であるが、目的の地を訪れた後、時間がまだあったので、熊野市に戻り、鬼ケ城の山の上から七里御浜の景色を見た。
鬼ケ城の山や松本峠、熊野市の市街地
高い場所から七里御浜を眺めようという趣旨である。
標高153メートルということで、それなら1時間ほどで行って戻ってこれるかという行程であった。
熊野市街の東側から入り、熊野古道の「松本峠」から南に進むルート。
市街地の一角に古道の入り口
市街地の一角に入り口の案内があった。
路地奥に石段が始まる
その路地を進むとすぐに石段が始まっている。
高台の町
熊野市の旧市街地は「木本(きのもと)」という町。
高台にまで家並みが連なっているのが印象的。車が入れない場所も多く、古い町の雰囲気。
石畳の道
石畳の道が続いていく。熊野古道は初めてだったので、石畳が敷かれてさすがだなあと思った。
松本峠
松本峠に達し左折する。
東屋
そこから歩くこと数分にして、東屋が出現。眺望ポイントのようだ。
七里御浜の眺め
南側に広がる七里御浜を眺めた。
弓のような海岸が続いている。
浜近くまで突き出た画面右の山の先端が、早朝に訪れた花窟神社だ。
空がややかすんできたが、雄大な眺望が楽しめた。
漁村の風景
反対側にも眺望が開け、こちらはのどかな漁村の風景が広がる。
漁港から坂道に沿って集落が丘の中腹へと続く。
松本峠の説明版
さて帰り際、松本峠のところに説明版があり、見ると到達した東屋は、まだ道の途中でその先にさらに展望台があったことを知る。
知らずに引き返してしまい残念だったが、見たい眺望は見れたのでこれはこれで良かった。
急坂を下りる
帰りは、登り始めの路地のほうには下りず、家々の間の階段を下りて行った。
海べり急傾斜の町に春の日が差す。
こうして早朝の花窟神社での日の出観察に始まり、池地帯の地形河口探訪、熊野古道、みかんと、春の訪れの早い南紀の多彩な土地や産物を明るい日差しのもと満喫した1日となった。


