砂浜と海(22日午後)
21日夜に京都を出、22日未明に鳥取県中西部の浜辺の町に着いた。
米子自動車道の湯原インターを0時10分に出て、料金が3割引に。岡山鳥取県境の犬挟峠の手前で濃いガスが発生し、あせったが、トンネルを抜けて鳥取県側に出ると霧は晴れ、関金まで下り、農地の広がる県道を疾走。町役場前のローソンで白バラ牛乳とパン購入。1時に、祖母の空家に到着。およそ4時間の所要時間。
22日の朝、8時に起床、朝ごはん。屋内の掃除機がけ、草刈り。
4月の除草の効果か、新規の雑草はさほど多くなかった。やはり春季の対策が大事だ。
サア次は買い物だ。
車を出し、閉店が取りざたされるAコープでいぎす(海藻を材料とした寒天状の地元食品)を探すが、楽しみにしていた地元業者のいぎすは廃業して手に入らないことを知り、原材料の乾燥いぎす草を買う。800円。
昼ご飯はポート赤碕の牛骨ラーメン。農産物施設で小玉スイカ。
魚料理店は超満員。店頭でアジを求めるが白イカしかなくて、どういうわけかアジがない。とにかく滋賀では考えられないほど安価で手に入る小アジを使い、保存食として干物づくりをしようとしていたが、これでは自前で調達するしかない。
向こうの丘の上の赤く光る物体がタコ遊具である(クリック、拡大すると中央付近に見えます)
タコの滑り台が真新しく、ぴかぴかと赤光りしている。20年ほど前、子どもと遊び、その後年々古びてくるのを見てさみしい気持ちだったが、見事に新調されてうれしい気持ち。
買い物から戻り、昼寝。
外は暑いが、おそらく京都や滋賀ほどではない。海風が開け放った家の中を北から南へと抜けていく。
あとで調べると、22日の最高気温は、海に近い大山町塩津で31.4度。同じ日、京都は35.1度、大津では35.8度といずれも猛暑日で、暑さのレベルが全然違うのだった。
しかし、だからと言って太陽光の強い真昼に海に行ったりはしない。
海はそこにあるので、もうちょっと日差しが弱まってから外に出る。
3時半ごろ起き、まずは浜に出て泳ぐ。
海水浴場の範囲を示すブイが設置されていない。ついに、やらなくなったのだろうか。泳ぎに来ている家族連れはいくらかはいた。
波打ち際に丸い石が転がっている。
これは砂層の下にあるはずのものだ。
砂浜の砂が流出しているのではないか。小石が波打ち際に増えるのは海が深くなったサインで、海水浴には良くない兆候だ。
沖の沈みテトラまでを泳ぐ。
波立つ海
タカノハダイ
砂の感触
砂は、さらさらとした大粒で足裏に心地良い。
投げ釣り(釣れず)
1時間ほど泳いだのち、着替えて、釣りに行く。
漁港の釣具店で砂虫とアミを買う。
まず赤碕港の横の浜で投げ釣りをするがまったく反応がなく、数投であきらめた。
浜の漂着スイカ
漂着したスイカが波に洗われ無常を物語っているかのよう。
夕方の漁港(午後6時ごろ)
もう6時が近くなってきた。
車で10分ほどの漁港に移動し、アジ釣りをする。
先端のほうにはたくさんの釣り人がいる。
手前の船着き場は釣り禁止の看板。
小アジが釣れた
投げサビキをやってみる。
するとウキが沈み、アジがかかる。
アコウだ
竿が下の方に沈み、重量感がある引きで。アコウだった。
サビキに豆アジがかかり、その豆アジに食いついてきたのだ。22センチくらい。
隣の釣り人の男性から「変なのがかかりましたな」と声を掛けられる。
こんなまぐれもあるのが楽しい。
ブリの子どもか
魚が掛かり、力強く横走りするのでサバかと思ったら、ブリの小さいやつだった。ツバスの小さいやつとも言えるが、何というのだろう。アジよりも精悍な面構え。
サビキ仕掛けの糸が細くて、魚が暴れたショックでもつれること2回。
スペアの仕掛けがあってよかった。
なるべく魚のサイズ、パワーに合わせ、仕掛けが絡まないように、できるだけ針が大きく、糸の太い仕掛けを使ったほうが、取りこぼしたり絡まなくてすむのかもしれないと学んだ。
漁火
引き揚げるころにはすっかり暗くなった。
釣果
体長17センチくらいの小アジ、10センチもない豆アジのほか、外道としてアコウ、ツバスの小さいやつ、カマスが釣れた。
アコウはまだ生きていた。生命力が強い。殺すのがしのびない気にもなる。頭を切り落とそうとしたら包丁が滑って指先を切るハプニングも。
小アジ18匹とカマスを開いて干物に。豆アジはフライ。アコウとツバスの小さいやつは刺身と、アラ汁に。
海の男料理
さらに昼間買っておいたイワガキ、白イカ刺身とスイカ、手製のイギスを合わせ、晩ごはんとしたときには10時を回っていた。
アコウの刺身はすばらしかった。あら汁も、頭に付いた身とかが、歯ごたえがあり最高。
スイカもうまい鳥取産。
手づくりイギスは濃くなり過ぎたが、魚フライとのマッチングがよかった。
海の幸を満喫し、そのまま寝入ってしまった。
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朝の浜(午前6時半ごろ)
明けて23日は、6時半起床、そのまま浜に出てキス釣りに挑戦。
キス釣りをするのも、10年以上ぶりだ。
海へキャスト
昔、持っていた竿は、折れてしまったので、このたび新調したのだが、釣具店では昔ながらの投げ竿の売り場がかなり小さくなっていた。
さほど選択肢がなかった中、3.6メートルの軟調投げ竿を選んだ。ふつうキス釣りだと、25号とか30号のオモリを使うと思うが、15号のオモリにして、あんまり振り回さずに楽に投げて釣ることを考えた。
糸もPEの0.8号を導入。
投げると、それでも2色出たので、力糸と合わせて60メートルくらい飛んだ。
ピンギスが釣れた
固定仕掛けで、アタリがほとんど感じられなかったがピンギスが釣れていた。
透明感のある砂色の魚体で砂浜の精といった感じ。
そのうち地合いが来たのか、3本針に3匹かかるなんてことも。
順調に釣れ続けて、エサの砂虫がなくなったので終了。
シロギス釣果
18匹釣れてほとんどがピンギスだった。
これは結局、みな開いてキス天にして、一部は昼食にした。
昼前に母が来て、キス天をふるまったら好評だった。
午後、高校野球の鳥取大会準決勝をテレビで見た。
元プロ野球の川口和久さんが解説をしており、内容が詳しくておもしろかった。
試合には母校が出ていたが、1点差で負けた。
試合会場が米子でいわばホームゲームだったので、相手の鳥取の高校に逆転するのではないかと思ったが惜しかった。
この日米子の気温は全国で最も高い36.7度。
相手投手の足がつって治療休みもあった。
米子は妙に暑いことが時々ある。この日は京都よりも暑かったのだ。そんな日の午後に試合日程が当たって少々気の毒にも思えた。
そのあとの大相撲千秋楽では、新入幕の倉吉出身の令和の怪物、伯桜鵬が破れて4敗となり優勝はならず。
これを見届けて母は米子へと帰った。
私も後片づけして海辺の町を後にした。
ほどなく睡魔に襲われ、駐車して寝たら真っ暗に。
何とか日が変わるまでには帰宅した。
「泳ぎ、食べ、眠り、快適です」と、小泉八雲ことラフカディオ・ハーンが記した海辺の町。
そのままに過ごした。
2日の日程であったが、ぜんぜん時間が足りない釣りや海水浴の日々だった。
最低でも3泊、できれば1週間くらいは滞在したいものだ。といつも思う。