2016年08月19日

水上ビル

水上ビル東端.jpg
水上ビル東端

午前中に豊橋に到着、葦毛湿原(いもうしつげん)にてモウセンゴケを観察した。

あとで知ったのだがモウセンゴケは、滋賀県の湖南アルプスでも見られるようで、筆者の自宅から1時間くらいで到達できそうな場所だった。

意外に近くにもあるんだなと思ったが、この日豊橋まで来た目的は3回目を迎えた国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の豊橋会場を見る目的もあったので、「しまった感」はあまりなかった。

豊橋。豊川、渥美半島。
この地形を、生まれ育った鳥取県米子市とくらべてみると、米子、日野川、弓ヶ浜半島となんとなく似ている。

豊橋の平野をつくる豊川が長さ77キロ、流域面積724平方キロ。これに対して米子平野をつくる日野川が長さ77キロ、流域面積870キロと、長さが同じで規模もほぼ同じだった。

というわけで一方的な親近感を抱く。パラレルワールドなのか。

しかし人口は倍以上豊橋のほうが多い。地形は似ていても「表日本」の東海道沿線に立地しているのか、山陰地方なのかという違いで差がついてしまうようだった。

豊橋の道路.jpg
道路の前方に構造物が

葦草湿原からのバスで「前田橋」で降りると前方の道路に、ステンレス製の塔のモニュメントが見えてきた。

レインボータワー.jpg
レインボータワー

歩道橋の上に設けられた巨大モニュメントは「レインボータワー」というらしい。歩道橋がモニュメントになっている。

豊橋の空.jpg
空に合掌

名古屋もそうだったが愛知県には立派な歩道橋が多いんじゃないだろうか。

さてこの歩道橋から、西側を見ると、トリエンナーレ会場にもなっている、用水路のうえに立つビル「水上ビル」の東端がみえた。

このビルの下を用水路が流れているのだが、ビルとの境界はどうなっているのだろうと気になっていた。

用水路の上流方向を見る.jpg
前田橋から上流を見る

上流方向は、幅約10メートルくらいの水路で、少ないがそれなりに水もあり流れがあった。
どぶ川ではなく透明な水だった。

暗渠の入り口.jpg
暗渠の入り口

暗渠の入り口には、ゆで卵をスライスする道具を巨大にしたような柵があって人などが流れ込まないようになっている。

ごみが詰まると流れが止まってしまうから、絶えずごみ拾いをしなくてはいけないだろう。

京都の高瀬川では数年前、鴨川からの取水口が目詰まりして、流れがなくなってしまう出来事があった。

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川に張り出した祠

暗渠入り口から上流すぐの左岸側に、川に張り出した祠があった。

なにゆえにこのように川に出っ張って宙空の上に立っているのか。

歩道側を見るとフェンスと面が合わせられていたので、歩道の確保が優先されたのかもしれない。先ほどの歩道橋といい、「スムーズな交通」を重んじる土地柄なのかも。

大水が来た時、祠は大丈夫だろうかと案じたが、川の守り神なのかもしれない。

祠の中.jpg
祠の中

などと用水路を見学し、水上ビルに沿って歩いた。

ビルの曲がり.jpg
ビルの曲がり

ビルは用水路の地形をトレースするようにカーブを描いており、特に曲がりの部分に趣を感じた。
曲がりの部分は階段室となっていた。

うまい棒.jpg
ガラスの向こうに並ぶ駄菓子「うまい棒」

ビルの1階は、両側がひさし付きの街路で、うどん店、菓子問屋、花火を売っている店、小鳥店、八百屋などがあって昭和が息づいていた。

戦後の都市計画で、闇市を移転しようとしたが駅前はすでに過密状態で、用水路の空間に目を付けて建てたという。

豊橋は空襲を受けて、戦後、広い立派な道路がつくられたから、よけいに空いた土地が乏しかったのかもしれない。
水上ビルは長さは800メートルあるというが、数棟に分かれていて、ビルとビルの切れ目には橋が架かっている。

橋.jpg
ビルの間の橋

しかしその橋には隙間はなく水は寸分たりとも見えない。

ビル下流.jpg
いかにも川べりの雰囲気

だけども橋の部分が盛り上がって、橋のたもとに立つ住宅の風情とか、いかにも川という雰囲気を発している。

あたかも廃線跡に訪れると、そこに線路がないのに、残された礎石や土手などの雰囲気から鉄道の感じがするのに似ている。

筆者は時々「廃川」となづけた川の付け替え跡を訪ねたりするが、これは廃川なのかとも思った。しかし、水は今も暗渠を流れているわけだから、廃川ともちょっと違う。

ビルの西端.jpg
水上ビル西端から下流方向を見る

なんだけども、景色が「廃線」にも似た風情なので、「廃川を訪ねて」のコーナーに分類することにする。

水上ビルの下流は、暗渠が続いたまま、JRの線路の下へと続いていた。
この出口はどうなっているのか見たかったが、時間がなくなってしまい訪れず。


ところで、「トリエンナーレ」は映像の作品が多くて、作品数のわりに見るのに時間がかかってしまった。
メーンの目的がそっちだったので、暗渠観察には時間があまり割けなかった。

そのかわり、この水上ビルの一角が作品展示場所になっていたので、入って屋上まで上がることができた。
それは昨年、京都で開かれていた芸術祭「パラソフィア」で、戦後に建てられた堀川団地が公開されていたのと同じだった。

この水上ビルは、再建築不可ということで、いずれは取り壊される運命という。

そうなると暗渠が再び目に見える用水路になるのかもしれない。

そうなると、廃川ではなくて、復活の川となる。最近、都市では、暗渠のふたを開けて、川を復活させることもはやっている。京都の堀川も数年前にせせらぎが復活した。

中途半端な観察だがバーチャルな用水の風情をいろいろと観察する機会に恵まれた。

鳥のいる部屋.jpg
〈おまけ〉 水上ビルでの展示、小鳥のいる部屋








posted by 進 敏朗 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 廃川訪ねて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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