2016年08月07日

養浩館庭園の池

池を見晴らす部屋.jpg
養浩館庭園・櫛形ノ御間


「岩佐又兵衛展」を観に福井へ行く。

米原経由でで2時間半。あと何年かすると北陸新幹線が西進するが、現状は「青春18きっぷ」の使いごたえあり。

福井駅を降りると、北陸鉄道の駅があって、数分の連絡で乗れるはずだったが、この日は「フェニックスまつり」開催により、止まってますよ、と警備員のおじさんから知らされる。

それでやむなくバスに乗ったけど、バス便はスムーズで、広い道路をすいすいと進みあっという間に目的地に着いた。

市内の川.jpg
市内を流れる底喰(そこばみ)川

代表作がそろった岩佐又兵衛は絵巻、風俗を描いた屏風と、躍動感いっぱいで見ごたえがあった。

展覧会カタログは画質が粗く、代わりにMOA美術館刊の作品集を購入。

美術館を出て、近くの商店街で準備が整ったまつり屋台の、おろしそばを食す。

福井鉄道の新車両.jpg
福井鉄道の車両

又兵衛の墓があるというので、電車にひと駅でも乗れればなと思ったが、えちぜん鉄道の次の電車まで20分あり、駅員さんから「歩いたほうが早いですよ」と言われ、歩くと確かに10分もたたないうちに次の西別院駅前に来た。そこから南に折れ約10分で、興宗寺前にたどりつき墓めぐり。

帰りのJRまでまだ時間があるので、どこかに立ち寄ろうと思い、地図をみると近くに池泉の庭園がある。

「養浩館庭園」を目指す。近くの街路も「お泉水通り」とあって湧水ムードが高まる。

部屋の向こうに池が.jpg

料金を払って中に入ると、さっそく部屋の奥に、池のきらめきが見えてきた。

そして冒頭の写真のような、池を望む部屋「櫛形ノ御間」に至るが、池に降り注ぐ陽光が部屋の天井や軒の裏に反射し、きらきらときらめいている。水の色は薄青い。

なんだか非現実的な光景だ。

天井のきらめき.jpg
きらめく天井

外は猛暑なのに、池からの風が吹き抜けて涼しく感じられる。
これは文字通りエアコンいらずだ。

窓から真下を見る.jpg
窓の外から真下を見る

窓の外はどうなっているのだろうと、真下をのぞくと、壁際に池が迫っているが、礎石で水際がきっちりと仕切られていて、木材が濡れないようになっている。

竹床テラス.jpg
竹床テラス

この部屋から右のほう、北側の部屋には竹床のテラスがあって趣があった。
こんな場所で夕方、宴会などしたら、さぞ涼しくてよい気分になるだろう。
残念ながらここは立ち入り禁止。

螺鈿細工の棚.jpg
貝殻を用いた工芸、螺鈿(らでん)で飾られた棚

建物は北から南にかけて棟が連なっているような感じで、南隣の座敷に縁側があり、降りると、地面から水面までは10センチくらいしかなく、水際が間近だ。

池の鯉.jpg
壁ぎわを泳ぐコイ

鯉は、どれもほっそりしていて、よく集落の水路で飼われているようなぶくぶく体型のやつがおらず上品な感じ。個人的にはもうちょっと太いほうが優美さが増すのではないだろうかと思った。

なんだけど水がこの手の庭園池にしては透明感が高いので、もしかすると水の富栄養化を防ぐために餌を控えめにしているのではなかろうかとも思えた。

洲浜.jpg
洲浜

さらに横を向くと、細石で州浜がこしらえてあった。

洲浜は背後の引きも十分で、無理やり感もない。水際から数メートル沖までは浅場で、そこから先は石の列で区切られていて深まっている様子が水の色の変化でわかり、深さに違いを設けていることがわかる。

浅場の情景.jpg
浅場の情景

何のためにこんな深さの違いを作っているのかというと、ひとつには浅場を泳ぐ魚を見るのが楽しいということがあるんじゃないだろうか。でもそれは筆者の個人的な興味かもしれない。

掃除をしていた係員のおじさんに、水はどこから引いているのか尋ねたら、「地下水をくみ上げている」という。

この庭園は、江戸時代の福井藩主松平氏の別邸で、戦時中に福井空襲で焼失したものを、1993年に再建したものだという。

一昨年の夏は、水戸の皆楽園を訪ねたが、皆楽園といいこの養浩館庭園といい、水に恵まれた立地を利用した庭づくりが見事だ。

これに比べると、滋賀県は大津の文化ゾーン庭園は、もともと水が得にくい丘陵地にコンクリと循環ポンプで池がこしらえられているのだが、やっぱりそうすると水中は緑一色になり、岸辺コンクリとのマッチングはいかにも清涼感に乏しく、薄っぺらく見えてしまうのは仕方ない。技術よりも立地が重要ということだろうか。


水源付近.jpg
水源(中央奥)から出る水に手をつける

そこで玄関から出て、横に歩くと水が湧き出していて、手をひたすと冷たい。

池へ続く流れ.jpg
池へ続く流れ

井戸水からくみ上げた水にしては、かなりの水量。これがそそがれて広大な池を支えている。

池全景.jpg

もともと江戸時代には町を流れる用水から引いていたというが、再建時には、それを井戸水に切り替えたんだという。

手水鉢.jpg

この鉢から出てくる水は、同じ水源の水を分岐させているという。

石浜.jpg
石浜もある

池の奥部には石浜も。越前海岸?

それにしても、建物からの水に近い仕掛けや、洲浜、石浜、湧水の川…。

池をめぐって、多彩な水辺の景色が演出され、さまざまな角度から水辺に近づこうとする趣向が凝らされていた。

筆者は先の冬に井戸を掘って、水路から池にそそぐメダカ池をこしらえたが、きょう見た池は、まさに豪華版。

この池の南北幅を40メートルとして、そこに泳ぐコイの体長が80センチとすると、わが家の狭小メダカ池(南北1.7メートル)におけるメダカ(体長4センチ)とくらべ、池の大きさが、魚の体長の40〜50倍となってだいだい似たようなスケールになってくる。

これはメダカ池ファンにも必見かもしれない。

樋門.jpg

樋門は二重の構造で、コイを逃さないようになっていた。

西門から出て、福井城の外堀、それから濠を見て、駅に着いた。屋台の生ビールでのどを潤し、まつりでにぎわう駅前を横目に3時すぎの長浜行普通電車に乗り、帰路についた。

スッポン.jpg
〈おまけ〉福井城の濠にいたスッポン



posted by 進 敏朗 at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 水辺を見る(滋賀以東) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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