2012年08月10日

闘龍灘

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本日より鳥取県に家族で帰省した。
名神高速道路と中国自動車道が渋滞のため、京都南で降り京都縦貫道と国道372号で篠山経由、兵庫県加東市まで行く。そこで播磨ラーメンを食す。

そのあと、1級河川加古川にかかる景勝地「闘龍灘」を見る。
闘龍灘は、岩盤に加古川の流れがさしかかってできた地形で、低い山地に囲まれた川の中流に、とつぜん渓流が出現したような恰好である。前から訪れたかったのだが、ついにその機会が訪れた。
広々とした河原はことごとく岩でできている。その岩の河原の感じは、数年前に旅行で訪れた大分の山国川に似た感じを覚えた。
江戸時代まではこの岩場によって、上流で伐採した木材をいかだで流しても、この地点で通ることができず、いったんいかだを陸上に揚げなければならなかったのだという。そこでこの岩場を起点として町ができたようである。

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岩を開鑿した水路

川の中央部に、人為的に岩を開鑿した幅約3bの直線の水路があった。これは1872(明治5)年にフランス人技師の指揮で開いた水路で、やっといかだを通すことができるようになったのだと説明書きがあった。
そのときの副産物というか、アユが多数この水路を通るようになり、この水路に網を仕掛けてアユをすくう漁が盛んになったのだという。いかだ水路だけに、定置網を設置することはできなかったのであろう。

きょうのぞいた闘龍灘の加古川は、水の色が滋賀県の野洲川を若干、透明度を低くしたような感じで、アユの姿は見えず。洗剤の泡目立つ。これで水がきれいだったら最高なのだが。

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潮だまりのような岩場の水たまり

海の潮だまりのような水たまりを発見。川の水面よりも1b以上高い。雨水ではなく、増水時に水がたまり、取り残されたものと思われる。というのは、オイカワの稚魚が泳いでいたのであった。潮だまりと過程が似ているが、日照りが続くと、いよいよ干上がって死滅してしまわざるをえない。そのうち雨が降るだろうか。

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〈おまけ〉米子自動車道の車窓より眺めた大山

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〈おまけ 2〉
おまけ 鳥取県日吉津村の海岸から見た、大山と漁港、釣りをする家族





posted by 進 敏朗 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 水辺を見る(滋賀以西) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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