2022年11月26日

秋の低山行(その6)甲賀伊賀分水界めぐり2

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紅葉の油日駅を下車

油日から三重県境を目指す

健康増進を目的とした秋の低山行が6回目となった。
8時55分草津発に乗車。路盤の厚さの関係なのかガタゴトと揺れる旧式車両が「旅」を感じさせ、終点柘植(つげ)のひとつ手前、「油日(あぶらひ)」で9時44分下車。
紅葉と、緑色のJR西カラーが秋色コントラストに。
この日は、同駅から三重県境を越えて伊賀市のほうに出、それから東に向きを変えて柘植駅まで行こうとする。

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杣川

田園の景色は天候によって印象ががらっと変わる。
残念なことにこの日は曇りだったが、風が弱くて歩きやすい。
古琵琶湖層を流れる杣川だが、この日は意外に澄んでいた。キセキレイが真ん中らへんの石の上に止まっているが、望遠レンズがないので拡大できない。

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甲賀忍者の狼煙

甲賀忍者の里に、狼煙が上がる。
向こうの丘のふもとにも狼煙が上がり、連絡を取り合っているようだ。

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木の又テーブル

というのは妄想で、おじいさんが庭から焚火を眺めている。
その横のテーブルが、木を伐採した切り口に板を渡して作られていてナイスだ。
ああしたものを自分も作りたい。
田舎では、家や敷地内で造作ができて、その発想や工夫を見るのを楽しみにしている。

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なだらかな道

コースから横に入り、地元の人の手による「殿山」展望台に上って下りる。
国土地理院地図にある丘の上の道を歩きたかったが、そこは大手製薬会社研究農場の敷地で立入禁止。
製薬とゴルフ場を迂回するようにS字のようなコース取りになる。

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サザンカ花咲く

甲賀町五反田から、田園を東北に進み、池に浮かぶスワンボートに再会。
もう一方の池ではカイツブリが遊ぶ。
高嶺に至り、切り通しの道に見事な紅葉が見られた。

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池にカイツブリ遊ぶ

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切通しの見事な紅葉

古琵琶湖地帯の分水界再訪

さあここで、県道から西の谷をあがり、山の尾根を横切るショートカットを試みたが、何年も手入れが入っていないたいな感じで笹が生い茂り、危ない道はやめとこうと断念。
やむなく県道を通り、緩い坂のカーブをのぼって県境越えとなる。

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三重県境が見えてきた

したところ県境の看板が見えてきた。
海抜約240メートル。ぜんぜん息も切れない。
道路は三重県に入ったあと、三重と滋賀の県境に沿った形で西向きに進む。

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三重県側に坂が落ちこむ

上の写真で、道路の右側に連なる杉林が県境のラインだが、三重県側のほうがだいぶ急傾斜で落ち込んでいるのがわかる。


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分水界のようだ

したところ、道路を右に折れて滋賀県側に入る道があり、入ってみるとすぐに低い峠となっていた。
ここが滋賀と三重県境とみられる。分水界だ。
再び滋賀県側に入った。

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源流部近くに広がる田

滋賀県側はなだらかな田んぼ。上馬杉柏ノ木で6年前に訪れて以来だ(2016年4月18日記事「甲賀伊賀の分水界」)。

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下流方向への眺め

なだらかな地形は古琵琶湖の名残といわれる。300万年前〜250万年前にあった古琵琶湖の阿山湖・甲賀湖が、現在の三重滋賀県境をまたいだこの辺にあったとされる。鈴鹿山脈が隆起をはじめたのは200万年前より新しく、甲賀湖・阿山湖はそのころには陸地化していて、粘土が分厚く堆積した盆地になっていた思われる。
その後、鈴鹿山脈が隆起したとき、山脈の西端にあるこの粘土盆地も地殻変動の影響を受けたのだろうが、鈴鹿山脈は標高1000メートル以上もあるのに対し、この地では高いところでも300メートルなく、隆起はあんまりしてない。だが、三重県側が急傾斜となっているのは鈴鹿山脈の三重県側と同様で、同じ地殻変動の影響をそれなりに受けているようだった。
まあしかし、気軽に分水界がまたげる地形ではあり、地形ファンの私としては楽しい場所。

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平らな分水界の県境。道路から右が滋賀県、左が三重県。

これなら峠越えという感覚もなく、甲賀と伊賀を行き来することができるだろう。

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ふわふわ土塁

土地全般が粘土でできているのか、家を囲うのも土塁のようだった。
伊賀市東湯舟東出の集落の道を進むと石段の上に神社があった。

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石段の上からの眺め

登ってみると眺望が開けてテーブル状の山が見えた。
霊山(765メートル)のようだった。
しばらく雄大な眺めと紅葉を楽しんだ。

伊賀へと降りるが

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森の道

サアここから、森の道に入って伊賀盆地へと降りて行こうとした。

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平地を目の前にしての立往生

ところが谷に降りる手前で、地図に実線で描かれているはずの道が途切れ、強引に突破しようとしたところ笹や藤の蔓に囲まれ、どうしても高台から降りれず立往生となってしまった。
平地まで高低差が10メートルくらいありそうで、下手すると滑落なんてことにも。
強引に藪の中を進んでしまったので、ここまで来た時間と労力を考えると戻るのもためらわれ、こうやって人は山で迷ったり滑落してしまうのかと。
最終的に前進をあきらめ、やむなく引き返したら、一筋道を間違えていたことに気づいた。危ない危ない。

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車たちが止まる一角

そうして谷に降り、進んでいくと車が数台停まっているのが見えてきた。
森で開業しているピザ店で繁盛していた。

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森のピザ

12時半ごろには到着する予定だったが、道にまよったため、予定より1時間も遅くて1時半ごろとなった。油日駅を出発すること4時間近くも。
ピザを注文するとすぐに出てきた。
地ビールもあって、それも飲んだがおいしかった。
車じゃなくて徒歩で来たので、こうしてビールも飲めるのだった。

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日が差す

午後になって雲間から日が差すようになってきた。
杉の木立から田園の道に日が差し込む。
これだけのことでまるで祝福を受けているような気分になる。

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油日岳

「伊賀コリドールルート」に出て、東湯舟から小杉へと東進、柘植駅を目指すと前方に油日岳。
歩いた距離が15キロを過ぎてそろそろ足も疲れの兆しが。

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伊賀のレインボーブリッジ

関西本線の踏切を渡り、倉部の集落を南下。
柘植の町に入る手前の倉部川の端は虹色に彩られていた。レインボーブリッジ。

街道の町柘植の駅は町はずれだった

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伊賀成田山不動の紅葉と眺め

柘植に入ったところで石段があって登ると眺望が得られ、紅葉もきれいだった。

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霊山と柘植の町

先ほど見た霊山もだいぶ近づいた。
山のふもとを横切る名阪道路の車両の音が聞こえてくる。
電気自動車の時代になったら、こうした通過車両の音も多少はましになるのだろうか。でも、エンジン音はなくなっても、道路の摩擦音や風切り音は変わらないか。

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大和街道と柘植の町


柘植は大和街道に沿った規模の大きな町だった。
細々と電気屋とか、食料品店などが営業していた。
駅は町はずれの高台に設けられていることがわかった。

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旗山

力を振り絞って、という感じで柘植駅までの緩い坂道を進んだ。
柘植駅につながる伊賀信楽線は狭くて車通りが多いので、裏手の道に回ると油日山から続く山並が眼前に迫って来る。

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柘植駅が見えてきた

やっと見えた柘植駅は、町の東外れの高台にあった。
関西本線と草津線をつなぐ柘植駅。
高台に駅があるのは、ここから分水界を越えて滋賀県を目指すためとみられる。
であるが、先ほど見たような、特有のなだらかな地形であるため、分水界を通過するところでもトンネルはない。ホームには、「海抜240メートル」と標識があった。本日、通過した滋賀三重県境とほぼ同じ高さであった。

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柘植駅の駅舎

駅にあった案内によると、柘植駅は三重県で最初にできた駅とあった。知らなかった。
1890年に関西鉄道が現在の草津線を敷設。それが三重県で初めての鉄道なのだった。
草津線はローカル線であるが柘植発の電車は1時間に1本か2本あって、それほど不便さはなく使える。
こうして鉄道という社会インフラを利用して、楽に比較的安価に旅ができるのはありがたいことだ。
ローカル線が将来もなるべく滅びないように、使える時に使っておきたい。

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車窓からの夕暮れ(柘植ー油日間)

この日は20.5キロを歩き、高低差は105メートルだった。途中、山の中で立ち往生して大変だったが、長い距離を歩いて足が慣れてきたような感じもあった。この次は、あの山を目指してみたいが、もう冬になるし、寒いのは苦手なのでどうしようかなと思ってしまう。





posted by 進 敏朗 at 18:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 低山めぐり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年11月08日

秋の低山行(その5)北勢めぐり

低山めぐり、三重県北勢へ

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藤原岳を望む北勢線の終点、阿下喜(あげき)駅(午前9時半ごろ)

健康増進目的での歩く場を求め、ついに三重県まで来た。
これは水辺のブログであるが、水辺を含め広く「地形」への愛好を込め、川や低山、鉄道などがあるこの地に来た。
冒頭の写真で駅の向こうにそびえる、藤原岳に登るわけではない。
北勢線の阿下喜を起点として、里をめぐることを企図。
車で、永源寺から石槫トンネルを抜けて約1時間半かけ到着した。
途中の永源寺ダム湖では紅葉が進みつつあって、朝の光に照らされ見事だった。
紅葉見物のほうが値打ちがあるのではとの思いがハンドルを握る脳裏をかすめた。
だが、コースなどを時間をかけ考えてきたので、自分の中で急な変更ができないのだった。

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特別なカラーとなっている北勢線の車両

乗りたかった北勢線

軽便電車に乗る
まずは電車に乗る。
時刻表も事前に確認。
意外だったのは黄色い車両ではなく、地元のスポーツチーム応援なのか黒と赤に塗装されている。

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くつろぎの車内

9時41分発、つぎの麻生田(おうだ)まで。軽便電車の小さく、ガタゴト揺れる車内。
前回、乗って桑名まで行ったのは3年も前だった。

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麻生田の台地

平坦な台地上の土地

麻生田駅で降りる。
河岸段丘上に麻生田駅はある。午前10時前に駅を発。
員弁川に面した南側は急坂だが、北はこのように平たい台地が広がっている。

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規則正しい植林

水利は恵まれていないのか田んぼはない。
東西、南北方向に、グリッド状に道がつくられている。
平らな土地では植林も整然としていた。
台地の上は、茶畑や杉林、宅地が広がる。

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茶畑が広がる

台地は北方向に緩やかに登っており、1キロくらい進んで右を見ると、段丘から降りる道があった。

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振り向けば台地の縁が

カーブの先は下り坂だ。

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急坂を下りる
坂、けっこう角度があって、ずんずんと下がっていく。

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下は田園

台地の下は田

下りると低い平地があり、いちばん低いところに山田川があって、低地には田んぼが広がる。
台地との高低差は40メートルくらいあるんじゃないか。
北勢のこのあたりは土地の隆起、陥没が激しいのか、至る所にこうした河岸段丘が発達している。
この地形を利用して、歩いてアップダウン、健康ウオークをしようという趣向。
まあ本当は、こうした坂をなるべく下らずに、登るようなコース取りをしたほうが、トレーニングにはなるんだけど、前日、新型コロナの4回目予防接種をしたところだったので、今回はちょっと軽めにしようとコースを検討した。

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川沿いの先に次の台地が見えてきた

段丘アップダウン

山田川の右岸をさかのぼること数分にして、新たな段丘が前方に見えてきた。
まっすぐ進み、前方の林の右側の崖沿いを登っていく。

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坂の上からの眺め。前方の台地の上に建物が見える

坂道を段丘上まで登り、南方向を振り返ると、樹木に覆われた麻生田の台地が見え、木立の切れ間に建物がのぞいている。
その向こうは鈴鹿山脈。

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棚田

東側に目をやると、川をはさんで別の段丘があって、斜面を利用した棚田もあり。
いい眺めだ。

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集落に入っていく(南中津原)

さて道を進む。
こちらの台地は水利に恵まれているのか田が広がり、集落はさらに高いところにあった。
石垣で両側をブロックされた坂道をのぼる。
どこを見ても景色がよくて、しかも静かだ。緩いアップダウンの連続で、少し歩くだけで景色が変わるので楽しい。
民家に大きな榧の木が生えている。

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鳥居と参道(鼓)

南中津原、北中津原、鼓、と、高台の集落に沿って北上。
出発地点の麻生田駅は、標高が95メートルくらいだったが、すでに200メートルを超えている。
麻生田駅から北に約5キロの宝林寺(東貝野)を前半の目標地点にする。そこまで11時半までに着くつもりが、回り道をし、また案外と距離があったため途中から急ぎ足になる。

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急に風が強まり木の葉舞う

東貝野の集落に向かう途中で海抜250メートルの峠というか川筋を分ける地点に達するが、急に風が出てきた
鼓集落を過ぎ、進路を西に替えたところで、尾根の切れ目から北西の風が突然強まり木の葉が舞う。北西の季節風が、北勢に吹きすさぶ。
きょうは午後から曇りそうな様子。もう少し風のない日が、野外活動にはベストだな。

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ソーラー発電の斜面

山の斜面ではソーラー発電も建設中。
木材にかわる資産になるだろうか。南向きだけに日当たりはよさそう。
これだけ地肌むき出しの斜面になれば、大雨時には土砂も相当流れるようになるのではないか。

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向こうに高い木が見えてきた

巨木が見えてきた

さあ急ぎ足で進み、悟入谷川を渡ると、木立の向こうに、ひときわ高い木が見えてきた。
あれが宝林寺のコウヨウザン(広葉杉)であろうか。

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宝林寺のコウヨウザン

高さ約20メートル、国内最大級というコウヨウザンの木は中国の原産で、江戸時代に植えられたという。

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大きくてまっすぐ
幹はほとんどまっすぐで、地面から根っこも見せずに、ずぼーんと垂直に生えている。

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枝が放射状に広がる
枝が傘のように放射状に広がっている。木の形状が特徴的だ。
威容を観ながら、しばし腰を下ろして水飲み休憩。
グーグルの表示では最短距離で5.2キロだったが、寄り道したのでここまで7.4キロ、かかった時間は1時間45分くらい。かなりの速歩だった。

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寺の裏山に登る

眺望を求め裏山に

さてこの宝林寺の西側から、林道が山へと伸びていた。
これを登っていけば眺望のポイントがあるのではと踏んで、入ってみた。

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黄色い土だ

車両用の舗装がされており歩きやすいが、急坂ですぐに息が切れる。
がけ面を見ると黄色い土。石灰岩ではなさそう。
滋賀県の山でもよく見るこれは何岩?

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見晴らしの良さそうなカーブ

だいぶ登って、地図では海抜320メートル、ヘアピンカーブにさしかかった。

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藤原岳が見える

カーブを折り返して少し登ったあたりに、木立が途切れた場所があって、送電線の鉄塔まじりであるが西への眺望がえられた。
藤原岳や、手前に何筋かの段丘が見える。

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藤原岳の右に視界を移したところ

視界を右に移して西北方向を見ると、いろいろな形をした山があって、手前には変電所。
段丘、田んぼ、山林。
変化に富んだ地形にしばし見入る。
林道、この奥へさらに登り道が続いて海抜600メートル以上のピークにもつながっているのだが、眺めの良い場所がこの先あるのかは分からず、体力的にもこれ以上は難しいので、きょうはここらでと引き返す。

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紅葉も始まった里

阿下喜へ引き返す

林道を下りて、こんどは西南へ進路を転じ、阿下喜駅を目指して歩くが、疲労が予想以上だった。
寝不足や、ワクチン接種の影響も出ているか。注射針を刺した利き腕でないほうの肩が痛む。
回り道をいろいろするつもりだったが割愛し、一応貝野川の橋は渡って、同川左岸を進むものの、最短に近いコースを行く。
それでも、行く先々の景色はすばらしい。

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段丘から降りる道(左)との分かれ目

河岸段丘の段丘面はほとんどが、木に覆われていて、「段丘斜面」というものは隠されている。
木がなかったら、段丘の形が分かるんだろうけどそうはいかず。
そこはこうして歩いてみたり、それをもとに頭でイメージを補ったりして、丘の形を思い描く。

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木立の向こうは田んぼ

暗い木立を抜けると、午後の光に照らされた田園が現れ、ドラマチックな感じ。
どこを切り取っても絵になる景色だ。

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貝野川を渡る

しかし疲労は激しく、空腹になり、はやく昼ごはんが食べたいという一心で貝野川を再び渡り、阿下喜の町に入ると食堂を探した。

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阿下喜の町並
川が「C」の字を描くように蛇行した台地上にある阿下喜の町。
旧北勢町、現いなべ市の中心部だけあって、そこそこ町は大きい。
食堂のラーメンはハムに白菜シイタケ、半割りゆで卵の入ったみそ味で、おいしかった。だが焼きそばが人気メニューのようだった。

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お菓子屋の看板の北勢線電車

どこを歩いてもいい景色だった

食堂を出ると空は一転、曇っており、風は冷たくは冬の到来を思わせた。
玩具店、金物店、青果店、などが街路に軒を連ねるが、やってない店も多い。昭和のにぎわいは失われてしまったのか。
かと思うとアートギャラリーもあり、新しい試みも見られる。
市街地も巡りたいが今回は体力が尽きた。
電車の絵が掲げられた駅前の菓子屋で大福を買う。
トータルで13キロくらい。高低差は230メートルあったほか、坂道もけっこうあった。
7000キロカロリーを消費すれば脂肪1キロが燃焼するとされる。
歩きだけだと、カロリー消費は緩やかなものにとどまるのだが、それでも約3時間の速歩や、急坂登りもあり、自分のなかではそこそこの運動強度があったものと推定。1000キロカロリーは消費したと信じたい。積み重ねが大事。

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ツートンカラー車両が来た

駅に電車は止まっておらず、さ帰るか、と思ったとき、遠くの段丘沿いを近づいてくる車両が認められ、待っていると、クリーム色と深緑のツートンカラー車両が到着した。
このカラーの車両は少ないようなので、いいものをみた。

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列車が来たところでこの日の日程を終了

電車と終着駅の町、段丘、藤原岳、川筋の多さに多彩な景色が展開する北勢のあたりの景色が好きなので、いつでも訪れたい。
posted by 進 敏朗 at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 低山めぐり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年11月05日

秋の低山行(その4)甲賀から県境めぐり

甲賀駅から古琵琶湖層の里を歩く

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甲賀駅前にて

JR甲賀(こうか)駅は、草津線の柘植(つげ)行き電車に乗り、終点柘植のふたつ手前。
ローカル線だけど、明治後半には開通していて、甲賀駅も1904年には誕生している。
名古屋から亀山を経由、草津を結び京都に至るルートは、関ヶ原経由よりも距離が短いので、何かの拍子で発展した可能性はあったかもしれないが、遠回りな関ヶ原ルートが幹線ルートの東海道本線となり、甲賀駅前は、鉄道の歴史の割にはローカルなたたずまいだった。

深く掘り込まれた川

しかし、駅舎は近代化されており、高架(こうか)駅でなくて、橋上駅というのか、改札が上にあって両側に出られる。

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杣川

南口から出、大原市場の静かな町並みを北西に歩き左折、杣(そま)川の深く掘り込んだ橋を渡る。
川が曲がりくねって掘り込まれたこの地形、千葉県のチバニアンの養老渓谷に似ている。

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土壁の小屋。林の向こうは杣川の崖

この甲賀市南部の土地は古琵琶湖層で、粘土だから、川の流れが土地を削りやすいようだ。
200万年以上も昔にこのあたりに存在した甲賀湖の作り出した地形。

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製薬会社のある甲賀の里

甲賀忍者にゆかりがあるのか製薬会社も多い。
工場の横から谷奥へ続く道に入った。

谷奥へ歩く

それで、指の又のような細い谷と低い丘が交互に並んでいるような、独特の地形になっていて、分水嶺近くまで田が開かれている。
これを歩いて三重県境まで行ってみようという試み。

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甲賀の田園

丘の稜線をたどれたらと思い、獣害対策ゲートを開けて入ってみるが、道がすぐに分からなくなる。

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獣害対策のゲート

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たちまち道がわからなくなる

これは駄目だと、谷の一番奥まで行き、そこから山に入る。
途中までは道が分かるが、木が生えていたりして、すぐに判別できなくなってしまった。
仕方なく立ち止まりキノコを眺める

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木になるキノコ(キクラゲ?)

国土地理院の地図で見ると破線が描かれているのだが、その通りには決してなっていない。

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山の稜線沿いが歩きやすかった

そこで、稜線に登ると、山林の境界画定のための杭が打たれ、それに沿って人が歩いた跡もあって、それをたどることで進むことができた。

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ようやく山を抜けてひと安心

ようやく森の向こうに田んぼが見えて来て胸をなでおろすが、ゲートがある場所じゃないと外に出られない。
どこにゲートがあるのかと見まわして、降り立った場所よりさらに100メートルほど西から出ることができた。
ここは集落と集落の間にある谷である。

「Y」字交点の池

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向こうに池の堤防が

谷と谷が「Y」字型に合流する交点に設けられたため池があった。
しかも池の幅が、丘と丘の間の谷幅いっぱいにできていて、これは谷水をダブルで総取りだ。

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谷幅いっぱいの、Y字谷交点にある池(奥が下流側)

何て効率のいいつくりなんだろうと思う一方、この池の場所が田んぼはなく池であることに、水の確保の難しさを感じさせる。
谷といっても、山なんて比高20メートルか30メートルくらいしかない。
この谷の下流にも、さらに二つため池が設けられており、森の面積が少ない粘土丘陵地帯で、田んぼの水を集めるのは並大抵ではないようだった。
「Y」字交点池から南西に谷をさらに奥に進む。

谷奥でコアラ(こりゃあ)驚いた

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何かの苗木

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見慣れない丸い葉っぱ

谷の最奥部の田んぼは、稲ではなくて、マルチをひいて苗木が植えられていた。
丸い葉っぱで見たこともない木。
すると奥から軽トラが走って来た。
「何屋さんですか?」と問われ、「歩いているだけですよ」と答える。
これは何の木ですか? と私が訪ねると、
「あれが食べる木よ」「あれが」と、
おじさんは私に説明しようとするが、どうしても名が出てこない。
木の葉っぱを食べる動物といえば…「コアラですか?」ときくと、「そう」とおじさんは答えた。
ユーカリの木だった。
後で調べると、庭木とかで人気があるらしかった。それで育てているのか。
それにしてもこんなひっそりとした谷奥で、ユーカリが育てられているなんでびっくりだ。

隧道出現

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薄暗い切通しの奥には

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トンネルが出現。不気味な感じも

この奥へ歩き、曲がった先にはコンクリートで固められたトンネルが掘られていた。
長さは50メートルくらいだろうか。
隔てる山はそんなに険しくないのに、わざわざこのようなしっかりしたトンネルが掘られていることに驚き。
鉄道でも通す計画でもあったのだろうか。

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照明がないトンネル

トンネルを越すと下り坂となり、三重県と境を接する下馬杉の集落が現れた。
ふたつ丘を越したがここは滋賀県である。

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下馬杉の集落

丘に沿って広々とした家並み。
先ほどの軽トラはこのトンネルを通って現れたことを考えると、下馬杉側の人にとってニーズが高いのではと思った。

三重県を前に立往生

さてこの下馬杉から、南西に伸びる谷をたどる。

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川のゴム堤

流れる川は、粘土地帯だからか薄濁りだ。
野洲川最大の支流、杣川は古琵琶湖層の一帯を流れているので、野洲川下流の水は澄んでるときでも少し濁り色がある。
野洲川に遡上するコアユが湖西や湖東の川にくらべて少ないのはこの濁りを嫌うせいではないか。
という思いが以前からあり、コアユ捕りに熱中している時は、杣川を何となく軽んじていたが、歩いてみるとこの変化に富んだ地形を生み出す粘土地帯は独特だなあと、また別の見え方が生じてくる。

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この竹藪の先が三重県だ

獣害ゲートをくぐること幾度。ついにこの先が三重県伊賀地方のようだった。

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ススキの中で立往生

入ると、最初ははっきりと幅1間(1.8メートル)ほどの道があったのだが、だんだん笹の密度が濃くなってきて、最後は完全な藪となってしまい立往生。

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あの木立の向こうは三重県だが

そこに見えてる木立の向こうが三重県なのに。
何とももどかしい。
低いほうに道があるかなと思ったら、右足がぬかるみにはまりかける。
先行者らしき足跡もあったが動物だったかも。危ういので進むのをやめる。
強行突破を狙うも笹にさえぎられ、こりゃあいかんと、もういちど、尾根に登って藪を回避。
いったん、100メートルくらい西のピークに達したのち、南へと進路を変える。
粘土層の土地だけに、岩はまったくなく、急坂もないんで助かる。

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三重県に出た

何とか下がっていくうちに道が出現。三重県へと導いてくれた。
ゲートを出、遅めの弁当タイムに。
アプリを見て、どれだけ歩いたのか確認すると、出発から3時間もたったのに8キロも歩いておらずがく然。
迷っている時間が長かったのだった。

日当たりのいい三重県側

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里が見えてきた

三重県側も、同じような粘土層の地形なのだが、滋賀県側よりも傾斜がきつくなっていて、谷の奥が下がっていくのが見通せる。
伊賀地方で発生した古琵琶湖が北へと移動していった後、土地が隆起、その際三重県側が急傾斜で、滋賀県側がなだらかな稜線に。
古琵琶湖があったこの辺は、山らしい山がほとんどないのに、やはり三重県側の坂が急で、県境をめぐる傾斜のありようは同じだった。

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分水嶺からいきなり始まる棚田
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土地の傾斜は滋賀県側よりも急角度

ところで、県境でまよってしまったために、三重県のどこに出たのかが分からなくなり、地図を見ても、どこもかしこも曲がりくねった等高線と道で、どこに降りてきたのかが分からず。
西に傾きかけた太陽をみながら、太陽を背にしていくことにする。

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円形擁壁とブロック塀

棚田があって眺めがいい。立派な柿の木が植わる民家も。日当たりの良い高台の集落。

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立派な枝ぶりの柿の木

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日当たりの良い高台集落

村人の道案内でようやく「生玉神社」が見つかり、横の道を200メートルも行けば県境に戻ることがわかった。

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生玉神社。右手の道を進むと滋賀県

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神社右手の道を行くと、東海自然歩道が左手から現れる

「東海自然歩道」の入り口を横目に、道を直進すると、峠というほどでもないゆるい坂が下りになり、すぐに上馬杉の集落出現。

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滋賀県に戻る。そこは上馬杉の集落

甲賀と伊賀、背中合わせに存在していて、まるでパラレルワールドのよう。

県境からの帰還

あとはすたこら歩いた。

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強力ファン付きの小屋

途中、幹線道路も一部歩かねばならず、歩道が狭くて車も飛ばしてくるので、足早に区間を通過。
電車の時間を気にしながら早歩きを続けた。

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暮れゆく甲賀の里

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杣川に映った柿の実

上馬杉から1時間20分で甲賀駅着。
16時57分草津行の電車には十分間に合った。
県境をまたぎ、戻ってきてトータルで15キロくらい歩く。
この日、最高地点は260メートルくらいで、高低差は90メートルだったが、アップダウンの連続で、アプリによると400メートルくらいは坂をのぼったことになっていた。

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甲賀駅から見た日没

三重県側にすんなり出られるかと思ったが、里道の手入れがあまりされなくなったためか、思った以上に困難だった。
でも、隣国に徒歩でぱっと行けてしまうところにロマンを感じる古琵琶湖粘土地帯の里。
地形ファンには尽きない魅力。

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夕暮れの駅舎

まだまだ尽きない県境行きの道。また歩いてみたい。

posted by 進 敏朗 at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 低山めぐり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする