2022年10月29日

低山行(その3) 庚申山

滋賀県南部の低山へ

PA290319.JPG
庚申山(406メートル)がそびえる山上集落(午前9時ごろ)

平地と低山がせめぎあう滋賀県の地形。
地図を見ていると滋賀県にはいろんな形、高さの低山が、平野の周りに広がっている。
県南部、甲賀市の水口から信楽方面へと国道307号線を車で走ると長い上り坂があって、東と西で土地の高さが違うことが感じられる。
坂の途中、小高い土地があり、平地と高い土地の間に、ゆるやかな傾斜をした中間的な高さの地形が展開する。
地図を見ていて、適度なアップダウンが歩くのによさげな地形に感じられた。
そこらあたりで、高低差200メートルくらいの行路が描けるんじゃないかと思ったら、ちょうどよい山があった。庚申山(406メートル)は、山頂まで実線で道路がついている。

PA290320.JPG
里山と田園

庚申山のふもと、甲賀市水口町山上の、立派な公民館や公園が見える池のほとりに駐車。山容をのぞむ。
本来ならJR草津線貴生川駅から同地へ歩いたほうが、なだらかに隆起している地形をより味わえると思うが、今回は時間の関係で同地に直行。駅から南西方向に約3キロ、標高は駅より約40メートルアップ。
ここから、山の北側の谷道をいったん西へ回り、西端から始まる登山道を歩き、頂上に達した後、そのまま東向きに同集落まで下りてくる周回コース。
駐車地点は海抜200メートルくらい。山頂へは、もうあと200メートルくらいだから、そんなにしんどくはなさそう。

PA290321.JPG
集落を流れる宮川

里山の集落

山から流れてくる宮川も、完全に護岸で囲まれているのではなく、砂利や石の川底が見えてさらさらと流れている。
流れはわりと急で、砂は白っぽい。

PA290325.JPG
集落のゆるやかな登り坂

サアまずは、集落内を歩きながら、山のふもとのゆるやかな坂の景色を楽しむ。

PA290328.JPG

柿がたわわに実っている。
しかし民家敷地のものは取らない。

PA290331.JPG
神社

集落の北端まで行くと神社があった。
石段を登ってみる。

PA290335.JPG
低山と田園

低い山と杉林、田が広がる高台の風景。
神社を下りて、川に沿って西へと歩いていく。

PA290338.JPG
信楽高原鉄道の鉄橋

舗装道の行路

まずは信楽高原鉄道の鉄橋をくぐる。塗装の工事中であった。
上の写真で、左が信楽方面。同鉄道は貴生川から上り坂が続く。
同鉄道の起点、貴生川駅から、次の紫香楽宮跡までは9.6キロもあり、その間は山の中を進む。貴生川駅の海抜は約160メートルに対し、紫香楽宮跡駅は海抜約280メートル。途中で通る峠は約330メートル。なかなかの坂を通らねばならないのだった。

PA290342.JPG
庚申山への入り口

小野峠へとつながる林道の入り口はこのように柵が置かれていたが、どかせようと思えばどかせられるようになっている。
山の斜面沿いを、割とゆるやかな坂の道が続くが、筆者にとってはそれも楽とはいえない。

PA290345.JPG
林道の中

杉の木立が両側にそびえて中は暗い。
前方から自転車が1台下りてくる。
筆者はこのゆるやかな坂を、ハアハア言いながら歩いている。

PA290346.JPG
クリの倒木

道路の真上に、立派なクリの木が倒れる。
しかし実は、小さなイガが数個あっただけだった。

PA290350.JPG
小野峠か

歩くこと約30分、切通しが現れた。
国土地理院の電子地図に「小野峠」と書いてあるんで、ここを「小野峠」と思うことにする。
標高338メートル。もう130メートル以上も上がって来た。

登山道は高低差70メートル

ということは、頂上まであと70メートルしかない。これは楽勝か。
しかし、歩くことで体重を減らすという目的もあるので、あまり楽だと効果が薄いのではと懸念もするが、疲れすぎるよりはいいだろう。

PA290351.JPG
登山道の入り口

切通しを過ぎてほどなく登山道の入り口が出現。
看板を左折。そこから先も舗装道路だ。

PA290353.JPG
やや急な坂

登山道に入って初めのあたりがやや傾斜がきつくなり、それなりにしんどい思い。
一様な傾斜が続く舗装道路特有のしんどさというのだろうか。休む隙を与えられないというか。
効率的な運動にはいいのかもしれない。

PA290352.JPG
花崗岩

山肌が露出した部分を見ると、岩体は花崗岩であった。
季節が深まったせいか、または岩質のせいか、米原の石灰岩の山地では割と頻繁に見られたキノコ類がこの山ではほとんど見られない。

PA290356.JPG
紅葉が始まる

しんどい坂道を過ぎると、傾斜もほとんどなくなって、「紅葉の径」と看板あって楽々の散歩道の趣に。
モミジが植わり、紅葉も始まっていた。

PA290362.JPG
真の山頂?

さて地図を見ると、三角点は406メートルだがそのピークの西には410メートルの等高線が引かれた山頂部があって、そこがいちばん高い地点のようだった。行くと、割と新しい石塔がある。

PA290360.JPG
サルノコシカケ

大きな松の木の根元付近に、サルノコシカケが生えていた。

PA290361.JPG
ペットボトルを並べる

大きさを比較するためにペットボトルを置いたら、ピンボケになってしまった。
とにかくこのような本格サルノコシカケが見られて感動。
もとの道路にもどると、すぐに山頂の駐車場だった。

PA290375.JPG
休憩小屋

山頂には平たい土地があって、広いベンチの休憩小屋もあり。

PA290383.JPG
かまどや臼

煉瓦とタイル張りのかまどに臼も。
煙突らしき設備はないが、セミオープンの舎屋なので、横から煙が逃げていくのであろう。
趣はあるが、煙たくはならないだろうか。

PA290379.JPG
山の由緒を説明する看板。忍者の顔出し付き。

庚申山は甲賀三山の一つといわれ、山頂の広徳寺は天台宗のお寺。ふもとの里、山上の人が戦国時代に、真鍮(同と亜鉛の合金)を生み出したとある。同山は非鉄金属業界の信仰が篤いという。

PA290388.JPG
広徳寺

広徳寺に参拝。
金物商が寄付を行っている。

PA290396.JPG
裏手の岩

本堂の裏手には奇岩が迫る。
その形に合わせ堂の屋根が切り抜かれたように後退している。
山頂の巨岩。やはり修験の場としていい感じだったのだろう。

PA290411.JPG
鐘つき堂など

素晴らしい眺望

そして鐘つき堂などがあり、そこを歩いて抜けると展望台があり、東の方角が一望できた。

PA290416.JPG
展望台からの眺め

林地と田、住宅地が混じる甲賀の平野を一望。
30年以上前に初めて国道1号線から見た水口周辺の風景は、丘が低くて住みやすそう、というものだった。
なだらかな丘が平地と連続して広がる風景、というものが珍しかったのだった。

PA290418.JPG
伊吹山や霊仙山

伊吹山(写真中央奥)や、霊仙山(同右奥)も見えるぞ。

PA290420.JPG
山並みの切れ目から見える藤原岳

森の鉄路

そこから右に視線を移動すると、山並みの切れ目から鈴鹿山系の藤原岳も。
庚申山自体は低山であるが、平野の端にそびえているだけに見晴らしは良かった。

PA290439.JPG
草生える橋

サアあとは、そこから下山路は一気。一部崩れかかっていたが、電柱もあって迷うことはない。
下山路も終盤にさしかかり、草の生えた朽ちかけた橋が現れた。何だろうか。

PA290445.JPG
鉄道をまたぐ橋だった

それは先ほどの、信楽高原鉄道をまたぐ橋だった。
鉄道建設で山が切られ、もともとあった登山路には橋が渡されたものとみられる。
列車が来ないかなと待っていたら、数分のうちにガタゴトと音が聞こえ、カーブの向こうから1両編成の列車が現れた。
人気のない山中に現れる列車は、ほかにはない存在感。
手すりにカメラを固定して動画を撮ったんだが、処理しそこない消えてしまった。残念。

PA290470.JPG
川と庚申山

このようにして滋賀県南部の低山、庚申山から無事帰還。
里の風景や、山頂からの眺め、そして真鍮の歴史を秘めた楽しい行路だった。





posted by 進 敏朗 at 11:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 低山めぐり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月25日

秋の低山行(その2)かぶと山

PA230014 かぶと山全景.jpg
天野川の土手からみたかぶと山(午前9時半ごろ)

醒井駅からかぶと山へ

平素の運動不足と酒、夜食等の生活を改善したい機運が生じ、自然に触れながらの体を動かす活動、「低山めぐり」を先日から実行した。
毎秋の健康診断がきっかけになっているのだが、半夜勤の後、夜食後すぐに睡眠という習慣が定着してしまいこの1年かつてなく胴回りが増した。動くことへのおっくうさが加速していく。この流れを変えたい。

何せ運動不足だから、低山でも息は切れるが、高低差200メートルくらいまでなら、休み休み歩けて、そこそこ運動にもなるんじゃないかという目論見。
先週(10月15日)、米原駅からすぐ東の太尾山(254メートル)に登った。
今回は、米原からさらにひと駅、醒井のかぶと山(284メートル)を目指す。
駅ホームからすぐに、天野川をはさんでそびえる低山。
どんな風景に出会えるのか。

PA230006 イヌタデが原.jpg
イヌタデが原

イヌタデが原、雑草にみごたえ

朝の大垣行き快速で、醒井駅で降りたのは1人。
同駅から、いったん西に進んで天野川の橋を渡り約2キロ先の多和田に登山道の入り口がある。
まずは平地を歩いて足慣らし。
休耕田には、ピンク色をしたイヌタデがびっしりと咲き、庭にも生えている雑草なんだけど雲のような視覚効果で見ごたえがあった。

PA230010 丹生川.jpg
国道21号線の橋から見る丹生川

天野川につながる丹生川も朝の光を受けて澄んだ水が光る。
以前、夏に訪れた際には上流に設けられた堰から田に取水されて、まったく水のない石河原だったが、この季節はビワマスの産卵場として期待が高まる。

PA230043 多和田.jpg
多和田の集落

山すそを時計回りに歩くこと30分。山裾の西端から北に回ると多和田の集落が見えてきた。
蚕の繭を引き延ばしてつくる真綿で栄え、そこから発展したキルトの郷鎮企業群。
低山の奥には伊吹山が頭を出す。

PA230055 かぶと山案内図.jpg
山の案内

歩きやすい山道

尾根先端部の高台、大宝神社の裏に登山口があった。
駐車スペースもあったが電車で来たのでそれは必要ない。親切にいろいろと説明してくれる地元のおじさんに謝して山に入った。

PA230059 クヌギの木.jpg
立派なクヌギの木

先週歩いた太尾山に続きこの山にも大きなクヌギの木があってたくさんドングリが落ちていた。
先ほど通過した天野川の橋にもドングリが入った動物のふんが落ちていた。イノシシが柵を超えて出てきたか。
山道は整備され、日当たりが良く、坂もそれほどきつくはなかった。でもたまに傾斜が大きなところもあって、ハアハアと息を切らしながら、止りながら歩いた。

PA230061 環状列石付近.jpg
環状列石と説明する看板

山には、「環状列石」と説明がある石の連なりがあった。
石のサイズのそろえ方とか並べ形はそこまで整っていない印象で、木も生えて全貌がよくわからず。ストーンサークルというにはぼやけた印象。
山頂は、砕かれた石灰岩が転がっていた。

PA230079 琵琶湖の眺望.jpg
山頂付近から琵琶湖側が見える

山頂付近の木の間から、琵琶湖方向の眺め。
山から琵琶湖が見える眺めはやはりいいものだ。
この日は対岸はうっすらと見えた。

PA230087 キノコ.jpg
粉吹きキノコ生える

キノコも数種類を見たが、相変わらず特定ができない。

PA230098 南側の眺め.jpg
南(東)側の眺め

登山口からは東へと進んだが、山頂からは北向きとなって尾根沿いを進む。
東海道本線、国道21号線、旧中山道と醒井の集落、その奥の山並みも。

PA230074 石灰岩.jpg
穴が開いた石灰岩

山は石灰岩でできており、浸食を受けた岩がころがっている。
このあと、大規模な穴「風穴」にも通りがかる。

PA230094 山の鞍部.jpg
尾根の鞍部

尾根の鞍部には平たい場所もあって陽が差す。
ここに建物があったのだろうか。
岩が転がって庭園の趣。

PA230109 真のピーク.jpg
ピーク付近

284メートルの山頂のほか、北側に310メートルくらいのピークがあり、そこにも行ってみたのだが、杉の木立に囲まれて眺望は得られず。

山の秘部「風穴」出現

PA230121 風穴 - コピー.jpg
多和田の風穴

歩いていくと柵で囲まれた一角があって岩に穴が開いていた。「多和田の風穴」とある。
穴をのぞき込みたいが柵の外からだと下までは見えず。かといって柵を越えると危ない。

PA230123 風穴の説明看板.jpg
風穴の説明看板

説明看板によると、深さは垂直に5メートル。
そこから横方向に穴が続き、奥にはコウモリのふんが積み重なっているという。
コウモリのふんはバットグアノといって肥料として売られているくらいだから、これを採りだせばいい作物が育つんじゃないかと思ったが、5メートルの穴に落ちてしまえば救出は困難だろう。
石灰岩が雨水で浸食されてできた風穴。山頂付近に「山の秘部」を見た気になった。


PA230105-わずかに紅葉.jpg
わずかに紅葉

尾根道にはツツジやカエデが植わっており、青もみじの中、わずかに紅葉が始まっていた。

レタス握り.jpg
レタスにぎり

尾根道の北端にあずまやがあり、ここで休憩、昼ごはん。
朝、残りのごはんで作ったが海苔がなく、レタスを海苔がわりに。

PA230140ヘビ.jpg
ヘビ。これもアオダイショウか

低山の観光施設

先週に続きヘビも出現。緑っぽいグレーと黄色の体色、つぶらな瞳。


PA230164 観光施設.jpg
山にできた観光施設

ここから登山道を外れ、林道から市道に出て北上。
山の原に牧場を模した観光施設がある。
踏切が鳴っているなあと山の中で思っていたが、それはこの施設から発されていたのだった。
のどかな里山にはびっしりと車が停まる。
各所の山に採石跡があって、石灰岩が金を生み出していたが、今では観光施設がお金を生み出すようになった。

PA230184 山室の集落.jpg
山室の集落

山室湿原を目指す

県道を北上し、小規模な峠を抜けると下り坂の先に視界が開け、伊吹山を望む山室の集落が見えてきた。
各所に小山が点在して、少し歩くだけで伊吹山の見え方が変わるのも趣深い。

PA230204 セイタカアワダチ.jpg
セイタカアワダチソウ、新幹線、伊吹山

いっとき各地で猛威を振るい、今では勢力が弱まったセイタカアワダチソウも、部分的に大繁殖していて、黄色く咲き誇る花をバックに伊吹山撮影。
東海道新幹線も快速で通過。
車窓から見えた田んぼの中の小山は何だろうと思っていたが、それは廃寺だった。

PA230209 田園の風景.jpg
田園と秋空

古墳、廃寺、と小山はさまざまに利用されているようだった。
湿原は集落から北に離れ、新幹線の下をくぐり、山の谷に入ったところにあった。

PA230240 山室湿原.jpg
山室湿原

もう10月も下旬であったので、サギソウはじめ湿地の植物の花は咲いておらず。
トンボは盛んに飛んでいた。ちょっと大きかったからハッチョウトンボではない。
遊歩道で一周。やはりシーズンは夏。あまり訪れる人もおらず、静かな中を歩いた。

 PA230267 柿園.jpg
柿の栽培地

地図では近距離に見えたが

予定では、ここから東方向に山越えして近江長岡駅を目指すはずだったが、予定よりも大幅に遅れてしまって、午後3時を過ぎ、迷ったら日没で危ないかもしれないので、予定変更して南へ醒井駅を目指した。

PA230287 夕方近い天野川.jpg
夕方近い天野川

歩き疲れて足が棒のようだ。
何とか天野川の橋にたどりつき、21号線を渡って中山道に入る。

PA230290 醒井の湧水.jpg
醒井の清水

そこには有名な湧き水がある。

PA230293 天然水をくむ.jpg
水をくんで飲むと、不思議と歩く気が起きる。
力を振り絞って醒井駅に到達。出発から約7時間、午後4時前。
歩いた距離はほぼ20キロ。左足の指の皮がはがれた感じがする。

PA230314 醒井駅とかぶと山.jpg
醒井駅のホームとかぶと山

ホームに滑り込み、4時の電車に間に合い安堵。
国土地理院の地図を見て、山に破線の道が描かれているので、行けるかと思っていたところ、実際にはどこが道なのか分からず引き返すこと多数。後半はずっと舗装道をひたすら歩く行路となった。
本来はかぶと山のあと、2、3の尾根道を行くつもりだったが、ことごとく行けず、舗装道を行くことになった。
山の道って、よっぽど整備されたところでないと、素人には危なくて歩けたものではないと思い知った。
そして、地図で見ていると、このくらいの範囲なら歩けるか、と思っていたが、実際には20キロも歩くことになって足が棒になってしまい、あっという間に時間がなくなってしまった。脚力の衰弱を思い知らされる。
次は、もうちょっと無理のないように計画を立てたい。

posted by 進 敏朗 at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 低山めぐり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月15日

米原低山周行

PA151294 駅前からの山の眺.jpg
米原駅前から見える低山(午前10時半ごろ)

体力回復に低山へ

秋晴れの日。
夏場ずっとよく眠れず、動きたくない・横になっていたいという状態が続いた結果、野外活動の停滞・運動不足が著しくなった。
友人などの登山でも企画してくださいと助言を受けたが、とてもそれを果たす体力があるとも思えない。
涼しくなってだいぶ寝心地も回復したこの日、歩きのリハビリに低山を巡ろうと決意。
行先を吟味した結果、米原駅を降りてすぐに低山があるのでここを歩くことにした。
山の高さは250メートルくらいで、高低差は150メートル。これならいけるんじゃないか。

PA151307 青岸寺庭園.jpg
名勝・青岸寺庭園

名勝・青岸寺庭園

冒頭の写真で、家並の奥、山の手前に庭園が有名な青岸寺を訪問。
琵琶湖の東岸にあるのに「せいがんじ」とはいかに? などとおやじギャグ。
苔による枯山水庭園で、岩が連なり深山の趣。

PA151317 井戸.jpg
井戸

庭園に面して左側に井戸があった。
水の注ぎ込み口はなく、山から水が湧いてくるという。台風時などに水位が上昇、水がオーバーフローして、枯山水の庭にリアルに水が張るように設計されているという。聞くと実際に年に数回、水が張った状態になるのだそうだ。それはぜひ見てみたい。
切り絵作家の障子作品も美しかった。

PA151357 クヌギ.jpg
クヌギ

庭園見学を済ませて山に登る。
登山路に、おびただしい数のクヌギの実が散乱している。行路の全般に多くて、これは山じゅうがカブトムシ天国ではないのか。
中腹の「展望所」にのぼり、そこから下がって、さらに上がって尾根筋に到達。200メートル分くらい登った気がする。少し勾配がきつくなっただけでハアハアと息が切れ、ももの後ろの筋肉だるし。
「盗人岩」のところで眺望が開ける。
米原駅前が一望。新幹線や、JRの在来線(西日本&東海)、近江鉄道が、さまざまなスピードで行き来する。


PA151387 米原駅前.jpg
米原駅前

米原の町が小さいことに違和感があった

滋賀県唯一の新幹線駅、米原駅。
鳥取県で育った少年時代、なぜ新幹線が停車し、東海道本線と北陸本線が分岐する米原が市ではなく「町」なのかといぶかしく思っていた(のちに平成の大合併で「市」に昇格)。
滋賀県に来て、違和感を抱いたのは同県における「大きな市」のある場所。
鳥取県では、県内三大河川(東から千代川、天神川、日野川)の下流に平野(鳥取平野、倉吉平野、米子平野)があり、そこに大きな町(鳥取、倉吉、米子)がある。川の規模と町の規模がだいたい比例している。
中国地方では大体こんな感じで大河川の下流に平野があって町がある。そこは往々にして交通の要衝でもある。
ところが滋賀県ではその法則が成り立たない。
最大の町、大津は平野部ではないし、第2の都市、彦根にも、大きな川が流れているわけでない。近年人口では第2の都市になった草津も、草津川という小さな川があるだけだ。
私の感覚では、湖東平野の中央部で愛知川が近い能登川あたりに50万人規模の都市がないといけない(笑)。
町がある場所でしっくり来るのは野洲川デルタにある守山くらいか。
米原には大きな川はないわけだが、これだけ交通の要衝で大きな町ではないことに違和感がぬぐえない。
滋賀県では歴史的に京都に近いとか(大津)、主要街道の分岐点(草津など)、さらには昔は湖上交通が重視されたことから、琵琶湖岸の港(長浜)とか、鳥取県とは違った都市立地の原理があることを後に知った。
土地の使い方がちょっと違っていたのだった。
米原駅前に住めば、新幹線の駅も高速道路もあるし、北陸や東海道、山陽、また南の方面にも通じており、お金があったら新幹線通勤とか、交通手段を駆使した暮らしができる場所ではないかと思うが、まち自体が少しさみしいのは難点だ。

PA151384 入江内湖の干拓地.jpg
入江内湖干拓地の田園がひろがる

そして視線を左側に移すと入江内湖干拓地の田園がひろがる。
米原から琵琶湖の湖岸までは沼沢地だったといい、人が住むのに適した場所が案外少なかったのかもしれない。

PA151406 土塁跡.jpg
南城の土塁跡

PA151430 あちらの山並み.jpg
尾根筋から見る山並み

道が分からず引き返す

さて、太尾山の南北に連なる尾根筋を南下し、南城跡の土塁をみて、国土地理院の地図に従って東南側の谷に下りようとするが、それらしき道がどこを探しても見えない。
何度も行き来して慎重に地図と照合したが、急斜面が尾根からすとんと落ちている以外、書かれているような小さな尾根の場所がわからず。
ひとりで来ている素人登山者が強引に急斜面を下れば滑落は必至とみて、やむなくもと来た道を北へと引き返し、米原高校の近くの鉄塔から北東へと山を下りた。

PA151420 青大将.jpg
アオダイショウ?

山の中、ヘビが日向ぼっこをしている。
地面と木の根の間に空いた穴に、するすると入っていく。まるでロープがひとりでに動いているようで、洗練された動きだな、と見入った。
ヘビという生き物はシンプルで、無駄なものが省かれてすごいな。
手足があったものが、進化の過程でどのようにしてこの身体の動きを身につけたのか本当に不思議だ。

PA151448 山にはさまれた田.jpg
秋空と田園

尾根を下りると、そこは低い山に挟まれた南北方向に伸びる東西幅200メートルくらいの谷筋で、北側を見ると両側に低山があって田園がひろがる。

変電の里

PA151462 変電所.jpg
変電所の威容。向こうの山は太尾山

南側には変電所があって無人の野の中にぶおーんと電磁の音を響かせている。
この変電所の東側は要塞のようなコンクリ階段斜面があり、そこから撮影。
湖東変電所といって、敦賀方面からの原発の高圧電流を、7万7千ボルトまで下げて各所に送る施設であるようだ。
変電所の奥は廃棄物処理場ともなっていて、山里の違った側面を見る。

尾根と谷が連続する地形

さらに山を進み、もう一つ東側の谷筋を目指す。
どういった地殻変動の影響か、南北方向に連なる低い尾根筋と谷筋が細かく交互に繰り返す地形だ。

PA151478-番場.jpg
番場の集落が見えてきた

快適に低い尾根を抜けるつもりが、道の入り口がわからなかったり、灌木が生えて荒れ果てて、困難を極めた。
何とか抜けて、道を下りると番場の集落が見えてきた。
集落の向こうにはもっこりとした山が見える。
しかし本日はそこまでは行かない。

PA151482 番場宿.jpg
旧中山道と番場のまちなみ

鎌刃城をすすめられたが行かず

旧中山道の宿場、番場に資料館があったので入ってみた。
当番のおじさんは、鎌刃城を盛んにアピールしていた。ここから東に山をのぼり、標高が370メートルくらいの尾根にある山城であると。
もう少し足を鍛え、また機会があったら行ってみたい。

PA151488 犬の彫刻.jpg
木彫の子犬

この資料館は、当地出身で幕末から明治初めに活躍した彫刻家、泉亮之の生家の建物であるという。
初めて聞いた人物であったが、1839年生まれ、飛騨高山で木彫を学び、彫刻家として活躍したという。
館には上の写真のきめこまかな彫りの子犬はじめ、ガマガエルなどあり面白かった。

PA151493 伊吹山.jpg
伊吹山

さて中山道を南下。振り返ると湖国最高峰の伊吹山が見える。
景色を遮る電線。横には名神。かつては感動的な景色だったのかもしれない。中途半端な田舎の光景となってしまったように見えて残念感。

PA151500 泰平水を注ぐ.jpg
「泰平水」をくむ

資料館のおじさんから「水がくめるところはありませんか」と尋ねて教えてもらったのが、この「泰平水」。
山水であり、「あまりおすすめはできません」とおじさんは話していたが、見たところ斜面の岩の穴から水が発しており、大丈夫な気がしたので飲んでみると、無味無臭の普通に飲める水だったので安心。

PA151514 摺針峠からの眺め.jpg
摺針峠からの眺め

そして小さな集落を過ぎて、摺針峠に出た。
旧中山道で琵琶湖が初めて視界に入る場所として知られる。下までの高低差は80メートルくらい。
中山道の横にある神社から撮影。
左側にそびえる塔は、エレベーター会社の建物。

PA151535 テングタケ.jpg
テングタケ(毒)

峠を下り、近江鉄道の電車が来たので乗り、4時過ぎに米原着。
後半は街道歩き旅の様相。
摺針峠の切通しでテングタケはじめキノコ多数。
歩いた距離は11キロほどだったが、迷ったりしたので、6時間近くもかかった。
地図が当てにならなかったのか、私の読図能力が不足していたのかどちらかだが、素人はやっぱり、安全な道を選ぶのがいいようだ。
でも歩けたのはよかった。高低差よりも、勾配のきつさがネックになることを思い知った。
つぎもどこか行きたい。

posted by 進 敏朗 at 20:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 低山めぐり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする