2022年05月26日

奥琵琶湖大浦湾

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海津大崎付近(午前11時ごろ)

滋賀県今月発表の「アユ資源情報」によると、確認できた魚群の数は平年並みだった。
いつもコアユは奥琵琶湖のほうに多く、南や東には少ない。ただ今回その偏りが著しかった。
大浦湾の区間だけで「161」の群れが確認できた一方、湖東側では琵琶湖大橋から姉川河口までの長大な7区間分でわずか「3」と、その差は顕著だ。

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水はきれいだが波が強い

そんな奥琵琶湖に行けば、コアユがたくさんいるのか。
それを確認すべく、海津大崎に向かい、湖岸に沿って東の大浦湾側に回った。
遠いので普段、コアユを捕りにここまで来ることはないが、あまりにも捕れないための調査行である。
水平線に葛籠尾崎や竹生島を望む。この海域、いや湖域がコアユの宝庫なのだろう。
だがこの日は南東の風が強く、波立っており、湖の中が確認できない。

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白い湖岸

湖岸の波打ち際の石が、一様に白くなった浜。
カワウのフンとみられ、やはり魚はたくさんいるんじゃないか。
しかし魚は見えず。
もしかしてここで網を打ては捕れるのかもと思って一投するも、何も入らない。
やはり網を打つときは、湖中に魚が見えていないと厳しい。

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半島内の開けた谷

奥琵琶湖の半島の山は500メートル以上あって結構険しく、所々に開けた谷があり、田が開かれている。
森に囲まれ、小さな流れがある。
風がきついので、風裏にあたる湾の西側の湖岸に回ったら少し波が穏やかだった。

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流れ込み付近

小川が流れ込む湾の中の小湾は、魚類の産卵や稚魚をはぐくむには好適地だと思われた。
でも泥底でコアユが好む場所とはすこしちがうような。
それにしても奥琵琶湖は、山中の湖のような趣で、ずいぶん風光明媚だ。
途中からコアユ探索は半分あきらめたような形となった。

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かまぼこ型の小屋

小屋の形も湖南地域とは違う。積雪への対応だろうか。

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咲き誇るウツギ

斜面には白いウツギの花が満開。

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緑の山

山全体から緑が盛り上がっている。きれいだな。
しかしどこにも、魚が捕れそうな好適地を見いだせない。
沖にはコアユがびっしりといるかもしれないのだが、湖岸にまで押し寄せるかもというのは幻想だった。
午後から雨の予報を受け、昼には退散。
帰宅後の夕方には雷雨となった。

ほんとうはこの雨が上がってから訪れれば、より詳しくわかるわけなのだが、天候のいい日を選んで行くことができないのでしょうがない。
初夏の晴れた日が続くと、川に水がなくなりコアユが捕れず悶々と過ごす時期がある。
そういう時は、無理して魚を捕るよりも、別のことをやったほうがいいんじゃないかとも思ったりした。
きょうは風が強くてたまたまだめだっただけという可能性もあるので、結論を出すのは早いような気もした。
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2022年05月17日

青龍山と大門池

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水田に姿を映す青龍山

青龍山(333.3メートル)に登ることを決意する。
多賀町の、多賀大社の南に位置する山。そんなに高くはない。というか登り口からの高低差は180メートルくらい。
これなら、脚力にまるで自信のない筆者でも、まあ登れるのではないか。

そのように思い、現地に到着した。
田植えの終わった水田を歩くと、ヒバリがピーチクパーチクとさえずり、ケリもけたたましく鳴く。サギ、ツバメ、いろんな鳥が春を謳歌している。


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男飯盛木

田園の中に目立つ大木。
斜めに、まるでサッカーのスライディングをしている人のように見える。
これは伝承のある木「飯森木」ということだった。
「御玉杓子」というものの言い伝えもある。

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説明の看板

滋賀県の指定記念物で、樹齢は推定300年以上。
西側にも、もう一つ大木があり、そちらは「女飯盛木」。

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女飯盛木

こちらの木は、腰のくびれを連想させた。両足を踏ん張っている人を後ろから眺めているようだ。
田んぼの中に、ただならぬ大木が2本立つこの地は、古い歴史に包まれた土地ということを物語っていた。

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コンクリ用水路

広い田園を潤すコンクリ用水路。
この水源はため池であった。

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大門池

満々と水をたたえる大門池は青龍山のふもとにあった。
敏満寺の集落の、民家の屋根と水面が同じくらいの高さではないか。
段丘状の地形を利用してつくられていた。
説明の看板によると、東大寺の正倉院の絵図にすでに記録がある古い池ということである。

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大門池の説明板

この大門池や、下流の田は東大寺領だったという。
奈良時代、743年の墾田永年私財法によって、新田開発がブームに。その一環で開墾された池と田園みたいだ。
東大寺は、以前に訪れた大阪府島本町にも所領があったし、三重県伊賀の島ヶ原村にもあった。行く先々で東大寺領に行き当たる印象。同寺の新田開発はすごい勢いだったとつくづく思わされる。

逆に言えば、犬上川右岸のこの地は、それまでは田ではなかったということであろう。
というのは、このあたりは扇状地で、雨が降らないときの犬上川を見ても一目瞭然だが、河原からは水がなくなり、思うように水を引くことができなかったと思われるからだ。
どれくらいの人数が池の築造にあたったのか。工事をしている間の人足の食料、道具類の供与、築堤や灌漑用水を引くなど、技術を持った大規模資本がなくては実現できなかっただろう、などと思いをめぐらす。

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転作の麦畑の向こうに見えるビール工場

地表水に乏しい半面、伏流水は豊富な土地柄とみえ、麦畑の向こうには大手ビール会社の工場が稼働していた。

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大門池や青龍山周辺の地図

話が前後してしまったが、大門池はほぼ四角い形をしていて、水は東にある青龍山か、南側から流れ込んでくる。
池の北側には国道307号線が走り、その北に敏満寺の集落があるが、そこには直接池水は吐出せず、取水口に近い西南の角から水が流れ出たのち、北に進路を向け流れていくのがちょっと面白い造りだなと思った。

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池の北側の、集落側から池(南方)の方向を見る。
階段の上には国道307号線が走り、その向こうに池がある

集落と池はかなり高低差があって、集落が池の直下にあり、破堤したらものすごい被害になりそうだが、水の出口はこちら側にはない。
1300年も続いている池なので、造りは万全なのだろう。

さて、池を眺めたあと、青龍山に踏み出す。

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名神の高架下をくぐる

池から東に進むと名神高速道路の高架下をくぐり、胡宮(このみや)神社に入る。

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仁王門跡

この神社は中世の敏満寺で、ちょうど名神の高架下に仁王門があったといい、巨大な礎石が残っている。

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遺跡を説明する看板

敏満寺、それは主に鎌倉期から室町期にかけての大きな寺院であったといい、中世最大規模の石仏墓跡があるという(調査中で立入禁止だった)。
なんだかスケールの大きな遺跡のようだ。

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「下乗」と彫られた石碑

神社境内にある「下乗」と彫られた石碑はもともと仁王門近くにあったといい、真ん中で折れていたのが繋ぎ合わされている。馬から降りる場所を示した標識のようなものと思われるが立派だ。字体がかっこいい。

そのような遺跡遺物に感心しつつ、神社から始まる登山道に入った。

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青龍山の登山道

登山道は整備されていて、丸太の階段道をゆくが、早くも息切れがして体力の低下に愕然。

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山中の「御池」

登山道から右に折れ斜面を下がったとこに「御池」があった。
ちょっとした崖下に水が染み出している。雨乞いをした場所という。何かいるかなと思ってのぞき込んだら、蚊群に遭遇し早々に退散。

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磐座

そして巨岩あり酒が供えられる。節理が斜めに走り火成岩? 花崗岩ではないかと思ったがよくわからない。
ここまでは、比較的すぐに来れたが、山頂まではなかなかしんどかった。
前日の深夜勤で睡眠時間が短かったのも影響したかも。
名神高速道路の交通音が通奏低音のように響き、大津市南部の眺望スポットとして若者に人気の堂山も、高速道路開通の折には同じ運命となるのかと残念な気も。
最初に歩いた飯盛木の田園のほうが数段静かだ。
疲労が予想以上に激しく、苦し紛れの独り言を繰り返しているうちに行く先が明るく開けてきた。

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山頂からの眺め

突然視界が開け、琵琶湖側が見えた。
先ほどの大門池が真ん前にあり、田園がひろがり、犬上川、向こうには荒神山、そして琵琶湖、対岸の湖西の山並みが広がる。
黒いアゲハチョウも飛び(写真右側の高さ真ん中あたり)、祝福ムード。
新田開発した奈良時代の東大寺関係者も、この田園の広がりをみて「よし」と思ったか。
ほぼ西の方角を見ているのだが、正面に荒神山が見えるのが何かシンボリック。


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多景島も見える

そして視線を右に移すと琵琶湖に多景島が浮かんでいるのも見える。
水蒸気で景色が煙っている。

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三角点の石柱

このようにして山頂の達成感を得た。
持って来たペットボトルの水を飲む。

ここからさらに登山道を進み向こう側に下りようと思ったが、道がずんずんと東側にそれていく気配を感じ、このままでは山の東に下りてしまい車から遠くなるのではと危惧、もいちど頂上付近に戻り「花の道」と案内されていた西側に下りる道を行くが、そこは藪の中だった。

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突然の東屋

下山の道は唐突に整備された作業道に行き当たり終わった。
平成初期の建築物か。
ベンチに座っても、特別眺望があるわけではなかった。

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砂防提下の池

出口を目指して歩くと砂防の堤防下に池があって木が倒れている。
昨冬の豪雪でやられたのか。
木はよく見ると花が咲いていて桐のようだ。
倒れてなお花を咲かせる樹木の生命力。
でも葉が出ていないので、これで枯死するかも。

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桐の花

桐の木は高いので、花をこのように間近に見ることは普通できない。
倒れたことによって目の前に花。
詳細に観察する機会となった。

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花の匂いをかぐ

桐の花の匂いは、甘いといえば甘い、いい香りといえばいい香りの中に、何かまじめな、地道な気分にさせるというか、机に向かい本でも開くか、といった、そんな気分にさせる香りだった。


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桐の花とカエルの卵の泡

そしてもう一つ、泡状の塊、モリアオガエルの卵も見られた。
ソフトボールよりも大きくて、池には三つ確認。桐の花と混じりあって異様な趣。
このように、やっぱり山に行ってみても、見どころを水辺に見出してしまうのだった。
下山で脚がくたくたになり、運動不足を思い知らされた。
その後、車で5分ほどの町立博物館で、当地出土のアケボノゾウ全身骨格(実物)などを見学、帰宅。

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大門池から流れ出る水

奈良時代の墾田、鎌倉寺院の栄華、現代のビール醸造などが田園の低山に息づく多賀・敏満寺の里。
ふところの深さを思い知らされた。










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2022年05月13日

小雨、静かな琵琶湖コアユ捕り

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静かな湖面

5月のこの時期に早くも梅雨時のような前線が延びる気圧配置となってきた。
太平洋側では大雨のようだがここ滋賀県では思ったほどの降雨はなく、この日午前中は雨が止まった。
そのすきをついて琵琶湖にコアユ捕りに行く。
本当は雨がもっと降った後のほうがいいと思うが、自然のコンディションより人間(筆者)のスケジュールのほうが優先なのでいたしかたないところ。
蓬莱の湖岸に着くと波静かだった。
水面も静かで、コアユが立てる波紋がほぼ見られない。
そのせいもあるのか鳥もおらず、静まり返っている。

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魚が見えない

水は澄んでいるので、堤防から見下ろすと湖底まで見えるが魚影のきらめき見られず。
コアユ、川の水が増えたのを察知し、すぐにでも遡上できるよう河口付近に集っているだろうかと想像していたが、そうした様子は観察されなかった。

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河口デルタ形成の第一歩

小さな流れ込みでは、砂が沖に運ばれ、三角形に堆積。これが成長するとデルタになっていく。その第一歩の地形のようだ。
こうした流れ込みの周辺などで網を投げた。

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1匹捕れた

ひと網に1匹。
湖岸のコアユは群れているものだが、魚影がだいぶ薄いようだった。

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キショウブ

静まり返った湖岸付近にはキショウブも咲く。
1時間ほどで7匹捕れた。

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本日の成果

まだ川は早いかと思って湖岸に行ったが、魚はどこにいるのか?
例年この時期にはもう捕れると思ったが甘かった。

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コアユ天

しかしわずか7匹でも、天ぷらにすればかさが増して、それなりに食いでが出てくる。
次はまたコンディションの良い時に狙いたい。




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2022年05月11日

大田神社のカキツバタ

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カキツバタ群落

有名な大田神社のカキツバタを鑑賞した。
平安時代から貴族にめでられていたカキツバタ群落。
尾形光琳の絵にも。
これがあのカキツバタか。そんなことを思って眺めた。
青紫色の花が、池一面に見られた。
千年以上も、遷移もせずに同じ植物が生え続けているのはすごいことだなと思う。

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満開のピークは少し過ぎていたものの見ごたえは十分だった。
有名だから、観光客がもっと来ているかと思ったがそんなことはなく、静かに距離をとってみることができた。
コロナも3年目になり、この連休は蔓延防止などの対策も取られず京都の有名観光地はかなりの人出でにぎわったという。
しかしカキツバタ群落は、観光客が沸騰する以前の、のんびりした風情が残っていた。平日だったからか。

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神社に流れる水

神社の境内には、山からと思われる水が流れており、タゴガエルというカエルがいるそうだ。
石垣のあたりから鳴き声が聞かれた。腹の黄色い小鳥が2羽、石製の樋のところで水浴びをしていた。




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2022年05月04日

連休の山

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山への入り口付近(午前10時半ごろ)

大津市南部の山にキャンプに行った。
友人が主催する野営会にかつては日帰りで、夕方とか、午前中だけ顔を出す参加だったが、いつの間にかテントや寝袋を買って参加するようになった。晴天に恵まれて文字通りの五月晴れだ。

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花崗岩を伝い流れる水

車を停めて、山道をたどる。
重い荷物を背負って、杖を2本ついて上り坂を進むのだが、体力の低下か少々疲れて、約1キロを進むのに2回も休憩する。

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たいへんな晴天

雲一つない青空に、木々の緑の葉が青々と茂っている。
ここでまたひと晩を過ごすのである。

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スミレ

足元にはかわいらしい紫色の小花が咲く。

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ツチガエルか

足元の水の淀みには、カエルがいたので、山地に生息するカエルかと思ったが、田んぼに普通にいるツチガエルのようだった。
なぜこのような山中に?
しかし山で見ると、色が明るくて別の種類のように見えた。
周りが白っぽい砂なので体色を合わせているのか。

山の中には何重もの堰があって、魚類が上がって来ることはできない。
そのかわり、両生類はカエルやイモリが見られ繁栄していた。

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イモリ

別の淀みにはイモリが見られた。
イモリは、ほぼほぼ水中にいて、底を這ったり、長い尾を使って泳いだりする。

また、夜になると、カエルの大合唱であった。
ヒルルルルという澄んだ鳴き声があちこちから響き、カジカガエル。
さらに、カスタネットのような合唱があり、それは昨年のキャンプで遭遇したシュレーゲルアオガエル。
日没後1時間くらいが鳴き声のピークだった。

次の日、堰堤の石垣の間からはヒキガエルの鳴き声もした。4種類のカエルが確認された。

この日は鳥類の鳴き声も多様だった。
ホホ ホホというやつが昼間聞かれた。
ホホホホホホホと長いイントロに続き、ホホ ホホ ホホ とくり返す。ツツドリか。
ウグイスも、美声を響き渡らせる。
キーコーキーのイカル。
シシピーも。シジュウカラか。
そして、打楽器の早打ちのようなコココココココというドラミング音。キツツキだ。
よく見たらすぐ近くにいた。

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朽木に穴開けるキツツキ

キツツキは尾羽が固く、二本の脚とともに木の幹に垂直にしがみつくことができるのだという。
そればかりでなく幹を歩いて上がったり下がったり、回ったりと自由自在。



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森の奥地


森の環境が、いろいろな鳥をはぐくんでいた。


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ビニールシート屋根

煙にいぶされながら、のんびりと過ごした1日半を過ごした。
すっかり煙を満喫し、明るいうちに山から下りた。




posted by 進 敏朗 at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 低山めぐり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする