2022年11月26日

秋の低山行(その6)甲賀伊賀分水界めぐり2

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紅葉の油日駅を下車

油日から三重県境を目指す

健康増進を目的とした秋の低山行が6回目となった。
8時55分草津発に乗車。路盤の厚さの関係なのかガタゴトと揺れる旧式車両が「旅」を感じさせ、終点柘植(つげ)のひとつ手前、「油日(あぶらひ)」で9時44分下車。
紅葉と、緑色のJR西カラーが秋色コントラストに。
この日は、同駅から三重県境を越えて伊賀市のほうに出、それから東に向きを変えて柘植駅まで行こうとする。

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杣川

田園の景色は天候によって印象ががらっと変わる。
残念なことにこの日は曇りだったが、風が弱くて歩きやすい。
古琵琶湖層を流れる杣川だが、この日は意外に澄んでいた。キセキレイが真ん中らへんの石の上に止まっているが、望遠レンズがないので拡大できない。

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甲賀忍者の狼煙

甲賀忍者の里に、狼煙が上がる。
向こうの丘のふもとにも狼煙が上がり、連絡を取り合っているようだ。

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木の又テーブル

というのは妄想で、おじいさんが庭から焚火を眺めている。
その横のテーブルが、木を伐採した切り口に板を渡して作られていてナイスだ。
ああしたものを自分も作りたい。
田舎では、家や敷地内で造作ができて、その発想や工夫を見るのを楽しみにしている。

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なだらかな道

コースから横に入り、地元の人の手による「殿山」展望台に上って下りる。
国土地理院地図にある丘の上の道を歩きたかったが、そこは大手製薬会社研究農場の敷地で立入禁止。
製薬とゴルフ場を迂回するようにS字のようなコース取りになる。

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サザンカ花咲く

甲賀町五反田から、田園を東北に進み、池に浮かぶスワンボートに再会。
もう一方の池ではカイツブリが遊ぶ。
高嶺に至り、切り通しの道に見事な紅葉が見られた。

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池にカイツブリ遊ぶ

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切通しの見事な紅葉

古琵琶湖地帯の分水界再訪

さあここで、県道から西の谷をあがり、山の尾根を横切るショートカットを試みたが、何年も手入れが入っていないたいな感じで笹が生い茂り、危ない道はやめとこうと断念。
やむなく県道を通り、緩い坂のカーブをのぼって県境越えとなる。

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三重県境が見えてきた

したところ県境の看板が見えてきた。
海抜約240メートル。ぜんぜん息も切れない。
道路は三重県に入ったあと、三重と滋賀の県境に沿った形で西向きに進む。

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三重県側に坂が落ちこむ

上の写真で、道路の右側に連なる杉林が県境のラインだが、三重県側のほうがだいぶ急傾斜で落ち込んでいるのがわかる。


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分水界のようだ

したところ、道路を右に折れて滋賀県側に入る道があり、入ってみるとすぐに低い峠となっていた。
ここが滋賀と三重県境とみられる。分水界だ。
再び滋賀県側に入った。

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源流部近くに広がる田

滋賀県側はなだらかな田んぼ。上馬杉柏ノ木で6年前に訪れて以来だ(2016年4月18日記事「甲賀伊賀の分水界」)。

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下流方向への眺め

なだらかな地形は古琵琶湖の名残といわれる。300万年前〜250万年前にあった古琵琶湖の阿山湖・甲賀湖が、現在の三重滋賀県境をまたいだこの辺にあったとされる。鈴鹿山脈が隆起をはじめたのは200万年前より新しく、甲賀湖・阿山湖はそのころには陸地化していて、粘土が分厚く堆積した盆地になっていた思われる。
その後、鈴鹿山脈が隆起したとき、山脈の西端にあるこの粘土盆地も地殻変動の影響を受けたのだろうが、鈴鹿山脈は標高1000メートル以上もあるのに対し、この地では高いところでも300メートルなく、隆起はあんまりしてない。だが、三重県側が急傾斜となっているのは鈴鹿山脈の三重県側と同様で、同じ地殻変動の影響をそれなりに受けているようだった。
まあしかし、気軽に分水界がまたげる地形ではあり、地形ファンの私としては楽しい場所。

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平らな分水界の県境。道路から右が滋賀県、左が三重県。

これなら峠越えという感覚もなく、甲賀と伊賀を行き来することができるだろう。

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ふわふわ土塁

土地全般が粘土でできているのか、家を囲うのも土塁のようだった。
伊賀市東湯舟東出の集落の道を進むと石段の上に神社があった。

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石段の上からの眺め

登ってみると眺望が開けてテーブル状の山が見えた。
霊山(765メートル)のようだった。
しばらく雄大な眺めと紅葉を楽しんだ。

伊賀へと降りるが

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森の道

サアここから、森の道に入って伊賀盆地へと降りて行こうとした。

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平地を目の前にしての立往生

ところが谷に降りる手前で、地図に実線で描かれているはずの道が途切れ、強引に突破しようとしたところ笹や藤の蔓に囲まれ、どうしても高台から降りれず立往生となってしまった。
平地まで高低差が10メートルくらいありそうで、下手すると滑落なんてことにも。
強引に藪の中を進んでしまったので、ここまで来た時間と労力を考えると戻るのもためらわれ、こうやって人は山で迷ったり滑落してしまうのかと。
最終的に前進をあきらめ、やむなく引き返したら、一筋道を間違えていたことに気づいた。危ない危ない。

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車たちが止まる一角

そうして谷に降り、進んでいくと車が数台停まっているのが見えてきた。
森で開業しているピザ店で繁盛していた。

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森のピザ

12時半ごろには到着する予定だったが、道にまよったため、予定より1時間も遅くて1時半ごろとなった。油日駅を出発すること4時間近くも。
ピザを注文するとすぐに出てきた。
地ビールもあって、それも飲んだがおいしかった。
車じゃなくて徒歩で来たので、こうしてビールも飲めるのだった。

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日が差す

午後になって雲間から日が差すようになってきた。
杉の木立から田園の道に日が差し込む。
これだけのことでまるで祝福を受けているような気分になる。

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油日岳

「伊賀コリドールルート」に出て、東湯舟から小杉へと東進、柘植駅を目指すと前方に油日岳。
歩いた距離が15キロを過ぎてそろそろ足も疲れの兆しが。

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伊賀のレインボーブリッジ

関西本線の踏切を渡り、倉部の集落を南下。
柘植の町に入る手前の倉部川の端は虹色に彩られていた。レインボーブリッジ。

街道の町柘植の駅は町はずれだった

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伊賀成田山不動の紅葉と眺め

柘植に入ったところで石段があって登ると眺望が得られ、紅葉もきれいだった。

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霊山と柘植の町

先ほど見た霊山もだいぶ近づいた。
山のふもとを横切る名阪道路の車両の音が聞こえてくる。
電気自動車の時代になったら、こうした通過車両の音も多少はましになるのだろうか。でも、エンジン音はなくなっても、道路の摩擦音や風切り音は変わらないか。

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大和街道と柘植の町


柘植は大和街道に沿った規模の大きな町だった。
細々と電気屋とか、食料品店などが営業していた。
駅は町はずれの高台に設けられていることがわかった。

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旗山

力を振り絞って、という感じで柘植駅までの緩い坂道を進んだ。
柘植駅につながる伊賀信楽線は狭くて車通りが多いので、裏手の道に回ると油日山から続く山並が眼前に迫って来る。

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柘植駅が見えてきた

やっと見えた柘植駅は、町の東外れの高台にあった。
関西本線と草津線をつなぐ柘植駅。
高台に駅があるのは、ここから分水界を越えて滋賀県を目指すためとみられる。
であるが、先ほど見たような、特有のなだらかな地形であるため、分水界を通過するところでもトンネルはない。ホームには、「海抜240メートル」と標識があった。本日、通過した滋賀三重県境とほぼ同じ高さであった。

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柘植駅の駅舎

駅にあった案内によると、柘植駅は三重県で最初にできた駅とあった。知らなかった。
1890年に関西鉄道が現在の草津線を敷設。それが三重県で初めての鉄道なのだった。
草津線はローカル線であるが柘植発の電車は1時間に1本か2本あって、それほど不便さはなく使える。
こうして鉄道という社会インフラを利用して、楽に比較的安価に旅ができるのはありがたいことだ。
ローカル線が将来もなるべく滅びないように、使える時に使っておきたい。

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車窓からの夕暮れ(柘植ー油日間)

この日は20.5キロを歩き、高低差は105メートルだった。途中、山の中で立ち往生して大変だったが、長い距離を歩いて足が慣れてきたような感じもあった。この次は、あの山を目指してみたいが、もう冬になるし、寒いのは苦手なのでどうしようかなと思ってしまう。





posted by 進 敏朗 at 18:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 低山めぐり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする